ミスエデュケーション 70点
2019年6月21日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:クロエ・グレース・モレッツ
監督:デジレー・アカバン
Jovianは一応、英会話講師をしている。教育業界人の端くれというわけである。日本語の教育という言葉には、大人もしくはそれを提供する側が主体であるかのような響きがある。英語の education は逆で、これはラテン語起源の形態素に分解すると、ex(外に) + duco(導く) となる。その人の内に眠るポテンシャルを引き出すのが教育の使命なのである。つまり、教育の主役は子どもや生徒の側ということになる。一応、英語には“Educate, don’t indoctrinate”という格言がある。『 ある少年の告白 』と本作を鑑賞して、その意をさらに強くした次第である。
あらすじ
女子高生のキャメロン(クロエ・グレース・モレッツ)は、プロムの夜に同性のコリーとカーセックスに及ぼうとするところを同級生に目撃されてしまった。保守的な叔母の手によって矯正施設「神の約束」に入所させられる。キャメロンはそこで理不尽な教育を受けながらも、性とアイデンティティに悩む同世代の男女たちと交流していく・・・
ポジティブ・サイド
『 クリミナル・タウン 』では柔肌を披露してくれたクロエが、本作では色っぽい吐息を聞かせてくれる。とある女子とのベッドシーンがあるのだが、こうした場面は極力照明を使わず、わずかに漏れ聞こえてくる声だけの方が観る側を刺激するということは、『 真っ赤な星 』でも証明されていた。クロエのファン、あるいは邪まな映画ファンは、まあまあ期待して良い。
『 ある少年の告白 』は、あまりにも男性性を前面に押し出していたが、本作は男女両方が暮らす矯正施設であるためか、一方的なマッチョイズムまたはフェミニズムを前面に押し出してくることは無い。太っちょ、ちょいブス、美男、美女、白人、黒人、アジア系、ネイティブアメリカンの末裔など、多士済済、ダイバーシティの先端を行っていることもあるからか。その代わりに、宗教的な観念が、もっと言えばキリスト教的な哲学が教条主義的に教え込まれる様は、非常にグロテスクである。ゆめゆめ勘違いしないで頂きたいのだが、Jovianはキリスト教をけなしているわけではない。Jovianの母校は国際基督教大学であるし、Jovianが専攻したのは宗教学であった(東洋思想史だったが)。Jovianが異様に感じたのは、価値観を一色に塗りつぶそうとすること、その人間固有の属性を消し去ろうとすること、宗教の名を借りて人間性を変えてしまおうとすること、そのような営為全般である。
「神の約束」には男女それぞれの教育者、施設責任者がいるが、こうした大人たちが清々しいまでに醜い。男性は、かつてゲイだったが今はそれを克服したと言う。その言葉を信じるかどうかは別にして、終盤のある事件を機にこの男性が見せる素顔は余りにも弱々しく情けない。それは取りも直さず、「神の約束」の教育(indoctrination)の失敗を意味している。また、女性の方も生徒たちの閾識下にある罪の意識を顕在化させようとあの手この手で語りかけるが、彼女も同じく終盤の事件でその本性を現す。期せずして、ある生徒の本音を引き出してしまった彼女は、それを踏みつぶしてしまうのである。これも、「神の約束」の提供しているものがeducationではなくindoctrinationであることを象徴していることは間違いない。
その終盤のとある事件は、一種のホラーの様相を呈している。Jovianは背筋にぞっとするものを感じた。この感覚は『 ウィッチ 』のトマシン(アニャ・テイラー=ジョイ)の弟の死に様を思い起こさせた。奇しくも、『 ウィッチ 』もキリスト教的価値観の共同体から疎外された家族の物語。本当に恐ろしいのは、自分が自分を疎外してしまうことなのかもしれない。
ネガティブ・サイド
キャメロンの夢のシーンは不要だった。ビジュアルは映画の最大の構成要素であるが、時にはそれをダイレクトに見せるよりも、観る側の想像力を掻き立てるような演出の方が効果的であることが多い。叔母さんとの電話のシーンはそうだったのだから、なおさらこのシーンがノイズであるように感じられてならない。
本当はこれはポジティブに評価すべき事柄・演出なのだろうが、女性博士がキャメロンに尋ねる「あなたの両親は、今のあなたのことをどう思うでしょうね」という問いかけには吐き気を催した。このような話術、論法を使う教育者が存在することに慄然とさせられる。どこまでも教条主義的な独善的キャラクターであれば良いものを、このような腐ったヒューマニズムでもって若者を導こうとするのは卑怯者のやることである。ああ、だからこそ衝撃が大きいのか・・・ やはり、これはネガティブに見えるポジティブ要素なのかな。だからこそ、キャメロンとその仲間たちの屈託の無さが映えるのだから。
総評
『 ボヘミアン・ラプソディ 』がある意味で頂点を極めたように、現代はLGBT(に代表されるマイノリティ)の主題にする映画が量産される時代である。派手なアクションや爆音が鳴り響くような音響があるわけではないが、『 ある少年の告白 』と同じく、人間の人間らしさを押し殺すことの醜さが窺える佳作である。
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