Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

バニシング 未解決事件 65点
2022年5月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ユ・ヨンソク オルガ・キュリレンコ
監督:ドゥニ・デルクール

『 流浪の月 』を鑑賞したかったが、指定席とも言うべきシートが取れず、次点の本作をチョイス。なかなかの硬派な映画だった。

 

あらすじ

ソウルで女性の遺体が発見されるが、腐敗が進行しており、身元の割り出しに難航する。パク班長ユ・ヨンソク)はフランスの法医学者ロネ教授(オルガ・キュリレンコ)に助力を求める。彼女が採取した指紋から、遺体は行方不明になっていた中国人女性と判明する。捜査を進めるパク班長とロネ教授は、臓器売買の謎に迫っていき・・・

ポジティブ・サイド

韓国映画と見せかけて、これは実はフランス映画。つまり少ない登場人物でも、巧みにミステリやサスペンスを盛り上げる。舞台を韓国に移しても、そうしたフランス文芸・フランス映画の特色はしっかりと維持されていた。

 

まずユ・ヨンソク演じるパク班長が従来の韓国警察の刑事のイメージを大きく覆す。韓国といえば『 ビースト 』のような汚職や暴力を厭わぬ刑事か、あるいは『 暗数殺人 』のひらすらに黙々と事件を追う刑事の印象が強いが、ドゥニ・デルクール監督はそんな刑事はお呼びでないとばかりに、全く新しい刑事像を打ち出してきた。演じるユ・ヨンソクは『 建築学概論 』の嫌な先輩役だったそうだが、本作ではそんなマイナスのオーラは一切出さず、理知的な刑事を演じきった。発音は韓国なまりだが、普通に英語は上手い。パッと聞いた感じだけなら、チェ・ウシクの英語と比べても遜色ないように感じた。姪っ子を溺愛し、手品も上手いという特徴が、中盤以降に物語の本筋にしっかりと関連してくる。

 

バディを組むことになるロネ教授ことアリスも静かに、しかし確実に法医学のプロフェッショナルとしての印象を観る側に刻み付けた。難解な専門用語を交えて流暢に講義を行い、腐敗が進んだ死体からも見事に指紋を採取する。しかし、単なる職業人としてだけではなく、パーソナルな部分にも人間味がある。序盤にパク班長との会話で不可解な受け答えをするのだが、その謎が明らかになる中盤、そしてそれに決着をつける終盤の展開には心を揺さぶられる。

 

二人がロマンチックな雰囲気になりながらも、プロフェッショナルに徹するところも潔い。特に、パク班長からのごく私的な問いにアリスが敢えてフランス語で真摯に答えるシーンは、男女というよりも人間同士の心の響き合いだった。

 

死体遺棄事件の元にある臓器売買事件の闇に迫る二人に思いがけぬ事実が立ち現われてくる。事件は一応の解決を見るが、臓器売買ネットワークは残ったまま。そして、食い物にされる中国人女性や、臓器を買い取る富裕層という格差の構図は何も解決されぬまま。それでも、パク班長とアリスの淡い別れに、今後も二人が機を見て reunite し、新たな事件に取り組む可能性を感じさせて物語は閉じていく。

 

ネガティブ・サイド

臓器売買のネットワークは、そのまま人身売買のネットワークでもあるだが、それを仕切っていると思しき韓国ヤクザの描写があまりにもしょぼい。『 ザ・バッド・ガイズ 』は荒唐無稽ではあったが、国際的な犯罪ネットワークを構想する気宇壮大な韓国ヤクザが出てきた。それぐらいの巨悪を描いても良かったのではないか。

 

臓器売買の片棒を担ぐ医師が、意外(でもないが)な主要人物とつながっていることで、アリスの心的なトラウマは解消されても、全く別の方面で救われない人物が生じてしまっている。もちろん、違法な臓器売買を阻止する=助からない命が出てくるわけで、問題はその助からない命に大して、我々が大きく感情移入してしまうことである。アリスのキャラを立てるためとはいえ、この展開は観ていて心苦しかった。

 

パク班長とアリスの別れ際も、もうちょっと余韻というか、今後の二人の再会と活躍を予感させるようなものの方が良かった。アリスが韓国に残ることを予感させるよりも、パク班長がアリスに姪っ子と時々ビデオ通話する仲になってほしいと頼む方が、劇中で「感情表現に乏しい」とされた韓国人っぽいではないか。しかし、韓国人が感情表現に乏しいというのはフランスの脚本家の手によるもの?よく共同脚本家の韓国人がそれOKしたなと思ってしまう。

 

総評

テンポが良く、サスペンスも適度に盛り上がり、思わぬ人間関係も終盤に見えてくる。韓国語、英語、フランス語、中国語が飛び交う国際色豊かな作品である。『 マスカレード・ホテル 』のような変則バディものがイマイチと感じられる向きにこそ本作を勧めたい。そうそう、日本のサラリーマンは主人公のパク班長の英語力を一つの目標にするといい。情報を得る、あるいは与える、問題を提示する、あるいは解決する、そして相手との信頼関係を築くというのは、必ずしも準ネイティブ級の語学力を必要としないことが分かるだろう。語彙を増やしたりTOEICスコアを追求するのではなく、コミュニケーション能力を磨こうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Would you be able to V?

相手に何かを依頼する丁寧な表現。普通のビジネスパーソンなら

Could you V?
Would you be able to V?
It would be great if you could V. 
I was wondering if you could V. 

あたりを口頭あるいはメールのやりとりでは使いまわせばよい。

 

現在、【英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー】に徐々に引っ越し中です。こちらのサイトの更新をストップすることは当面はありません。

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『 シン・ウルトラマン 』 -『 シン・ゴジラ 』には及ばず-

シン・ウルトラマン 60点
2022年5月14日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:斎藤工 長澤まさみ 西島秀俊
監督:樋口真嗣

ウルトラマンと聞いて胸が躍るのは1970~1980年代に少年時代を過ごした者が大半だろう。実際に劇場に来ていたのもJovianより少々上の世代と思しきオッサンとオバサンが多かった。

 

あらすじ

なぜか日本にだけ現れる謎の巨大生物「禍威獣」に対抗するため、政府は「禍威獣特設対策室専従班」を設立。班長の田村(西島秀俊)や神永(斎藤工)らが禍威獣撃退の任にあたっていた。ある時、謎の巨大外星人が地上に降り立ち、禍威獣を撃破する。ウルトラマンと呼称された謎の巨人の正体を探るため、禍特対に浅見(長澤まさみ)が派遣されてくるが・・・

 

以下、ネタバレあり

ポジティブ・サイド

映画の開始から空想特撮映画であることを強調する。赤地に白抜きの文字でウルトラマンと表示されれば、昔懐かしの空気が画面から漂ってくるのを感じ取られずにはいられない。庵野秀明樋口真嗣といった特撮大好き少年だった大人が、少年時代に帰って作った作品だと感じられる。つまり、製作者側と波長が合うかどうかで、本作の評価はガラリと変わるだろう。Jovianはまあまあ面白いと感じたが、Jovian妻はほとんどずっと寝ていた。

 

面白いと感じたのは以下の3点。

 

第一に、『 シン・ゴジラ 』同様に日本政府が主体となって禍威獣を撃退しようとするところにリアリティが認められる。【現実(ニッポン) 対 虚構ゴジラ)】ならぬ【現実(ニッポン) 対 虚構(禍威獣+外星人)】になっているところ。日本政府が現実の脅威に対抗できる能力を有しているかどうかは極めて疑わしいが「アホなのはトップ、現場では有能な人間が死に物狂いで頑張っている」という幻想がコロナ禍で生まれたことに本作は華麗に便乗することに成功している。

 

第二に、禍威獣ではなく外星人とのストーリーをメインに据えるという決断。これは是々非々ありそうだが、Jovianは是と取る。禍威獣メインのプロットでは『 シン・ゴジラ 』の二番煎じになりかねない。冒頭で次から次に出現する禍威獣を禍特対が知恵を絞って打ち破ることで、まずは人間側を上げておく。そこにザラブ星人メフィラス星人といった頭脳派外星人を出すことで、知的サスペンスが生まれる。子どもはここで脱落させられるだろうが、本作の target audience はオッサンオバサン連中なのだから気にしてはいけない。特に山本耕史演じるメフィラス星人は、その硬軟取り混ぜた語り口が非常に印象的で、禍特対のメンバー以外では抜群の存在感を示した。

 

第三に、ゼットンゼットン星人の兵器ではなく、光の星の最終兵器に設定転換したことには驚かされた。再放送で観ていた小学生Jovianですら、ウルトラマンゼットンにボロ負けした時には「・・・・・・は?」となったものだ。リアルタイムで観ていた今の50代、60代の受けた衝撃はいかばかりだっただろうか。そのゼットンが、何と光の星の兵器なのだというからビックリ。GMKのキングギドラが護国聖獣・千年竜王という善性を帯びる設定よりも衝撃的だった。

 

ハヤタならぬ神永とウルトラマンの絆、人間同士の絆、そしてウルトラマンに頼りきるのではなく、対ゼットン作戦を世界の叡智を結集させて実現するという展開はオリジナルへのリスペクトに溢れており、個人的にも胸アツだった。

ネガティブ・サイド

マルチバースという言葉がゾフィー達から聞かれたが、『 ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス 』とは意味合いがずいぶん異なっていた。映画のスタート時に「シン・ゴジラ」のスーパーインポーズに割って入る形で「シン・ウルトラマン」と表示されていたが、これはマルチバースの中の2つのパラレル・ユニバースを示唆している?その割には、ゼットンプランク・ブレーンに放逐しようとした時に、別宇宙ではなく時限のはざま的なところへ行ってしまった。マルチバースネタというのは便利な反面、何でもありを可能にしてしまうので、取り扱いには本当に注意を要すると思う。

 

長澤まさみの巨大化には度肝を抜かれたが、それをやる意味は薄かった。もちろんメフィラスの高度な知性と科学力のプレゼンテーションの一環だとは受け取れたが、それを映すアングルが意味不明。あんたら、童心に帰ってキャッキャッしながら作ってたんちゃうの?スケベ少年になってニヤニヤしながら作ってたのか?別に巨大化していない時でも、やたらと長澤まさみのヒップにズームインするショットが多いのは何故?コメディでもないのに自虐的なセリフを吐かせるのは何故?そこに必然性が全く見当たらなかった。

 

人間ドラマにも課題が残る。神永と浅見の噛み合わないバディ同士が、結局最初から最後まで噛み合わない。ウルトラマンを分析考察する任を与えられた浅見があっさりと「何も分からない」とお手上げになってしまうのは、コメディとしてはありだが、ドラマとしては無し。仕草に地球人と共通するものを感じるとか、闘い方に環境への配慮が見られるとか、何かしらの仕事はできたはず。それを知った神永が浅見の炯眼に心の中で敬意を表すような演出が少しでもあれば、拉致された神永を浅見が追跡・発見するシークエンスにもっと説得力が生まれただろう。

 

総評

賛否両論ありそうな作品だが、『 大怪獣のあとしまつ 』で憤慨させられた映画ファン、特に特撮ファンや怪獣ファンなら鑑賞しても損はしないはず。活動制限はあってもカラータイマーが無いなど、ウルトラマンらしからぬところもあるが、ウルトラマン愛に溢れていることは間違いない。続編製作の可能性もあるだろう。その時はバルタン星人てんこもりでお願いしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Less is more.

過ぎたるは猶及ばざるが如し、に近い意味で使われる。辞書では Too much is as bad as too little. と出ていることが多いが、実際には Perhaps too much of everything is as bad as too little. と言われることが多い。これも冗長なので、やはり Less is more. が言いやすい。

 

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『 ダニエル 』 -イマジナリーフレンドの恐怖-

ダニエル 65点
2022年5月11日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:マイルズ・ロビンス パトリック・シュワルツェネッガー
監督:アダム・エジプト・モーティマー

近所のTSUTAYAの準新作コーナーで発見。100円クーポンで借りてきた。なかなか面白いではないか。

 

あらすじ

家族に問題を抱えるルーク(マイルズ・ロビンス)は、自分の家を出て大学に入学する。しかし、社交性の無さから上手くいかない。ルークは、少年時代に母親によって封じ込められたイマジナリーフレンドのダニエル(パトリック・シュワルツェネッガー)に助けを求める。ダニエルの助言によって前向きになれたルークは友人や恋人もでき、順風満帆な生活を満喫するようになったが・・・

 

ポジティブ・サイド

主演のマイルズ・ロビンスは『 テルマ&ルイーズ 』のスーザン・サランドンと『 ショーシャンクの空に 』のティム・ロビンスの子だという。二世俳優なわけだが、オーラのようなものは一切感じさせない、いわゆる陰キャがよく似合っている。対するは『 ミッドナイト・サン タイヨウのうた 』のパトリック・シュワルツェネッガー、言わずと知れたアーノルド・シュワルツェネッガーの息子で、父親譲りのカリスマ性を見せつつも、影や闇を感じさせるキャラを好演した。

 

イマジナリーフレンドは多重人格と同じく、それ自体が解き明かされるべき謎であることが多いが、本作ではそこから一歩踏み込んで、イマジナリーフレンドに翻弄され、支配される恐怖を描いている。ただし、そこに至るまでにダニエルによってルークが世界へと一歩を踏み出し、様々な人間関係を作り上げていく、信頼や尊敬を得ていく過程が詳細に描かれる。そこにフェアな伏線も張られている。ダニエルはイマジナリーフレンドなのか、それとも何かそれ以上の存在なのか?

 

ダニエルの支配が始まるにつれて、ルークが自身のメンタルを疑い、そのルーツを母親に求める流れも悪くない。二重人格を幼少期の虐待に帰するというのは定番中の定番だが、イマジナリーフレンドを一種の「遺伝性の疾患」だと捉えるのはユニークだと感じた。これによって、築き上げてきたポジティブな人間関係が一気に悩ましいものに転化した。

 

ダニエルの正体が陳腐であることは否めないが、そこに至る過程のサスペンスやホラーの要素は結構楽しめる。体の移り変わりや口を引き裂いての体内侵入シーンなどは、低予算映画にしてはかなり頑張っているほうだろう。最後の対決シーンも客観的に見れば子供騙しだが、そう感じさせない脚本やキャラクター設定の妙がある。万人受けはしないだろうが、ロビンス2世やシュワちゃん2世がもっと売れてくれば、再評価されるようになりそうな作品。

 

ネガティブ・サイド

ちょっとBGMや効果音が過剰だと感じた。特に人間の心理的な弱さを突くタイプのサスペンスやホラーは、音をもっと控えめにして、観る側・聞く側の自己内対話をそこはかとなく促すべきだと思う。

 

ダニエルによる虚々実々のルーク指南にもう少し時間をかけても良かったと感じる。幼少期に封じ込めた友人にしても、ある程度の年齢に達してから打ち解けるというか、受け入れるのがあまりにも早すぎた。序盤でもう少しルークがカウンセラーとダニエルの間でどっちつかずのような状態を呈していれば、ダニエルの悪魔的な魅力やカリスマ性がもっと際立ったはず。

 

総評

色々と甘いところも多いが、作り込まれているところは作り込まれている。予算がないということは、逆に制作側がやりたいことを反映しやすいということなのだろう。『 ドクター・スリープ 』や『 悪魔を憐れむ歌 』、『 シェルター 』を楽しめたという人なら、本作もそれなりに楽しめるに違いない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

nail it

それを釘付けにする、それを釘で打つという意味だが、実際は「上手くいく」、「成功する」という意味。強調する時には nail the shit out of it と言ったりもする。

Matt Reeves directed the new Batman movie and nailed the shit out of it.
マット・リーブスは新しいバットマン映画を監督し、大成功を収めた。

のように使う。

 

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『 愛なのに 』 -不思議な愛の物語-

愛なのに 75点
2022年5月8日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:瀬戸康史 さとうほなみ 河合優実 中島歩
監督:城定秀夫

テアトル梅田で見逃してしまった作品。塚口サンサン劇場にて上映中。R15作品だからなのかどうか知らないが、観客の中高年男性率が非常に高かった。

 

あらすじ

古本屋を営む多田(瀬戸康史)は女子高生の岬(河合優)に突如プロポーズされる。「自分には好きな人がいるから」と丁重に断る多田だが、岬はあきらめない。一方、ただの想い人である一花(さとうほなみ)は婚約者の亮介の浮気を知ってしまい・・・

ポジティブ・サイド

事実は小説より奇なりと言うが、この脚本は実際にはなかなか現実にはならないだろう。アラサー男が女子高生に求婚される。丁重にお断りする。またまた求婚される。丁重にお断りする。その理由は他に好きな人がいるから。しかし、その好きな人は婚約者に浮気をされていた。しかも浮気相手が自分たちの結婚式のプランナー・・・。よくこんな人間模様を構想できるなと感心する。この設定だけで面白いと感じられる。

 

女子高生を演じる河合優実が本作でも鮮やかな存在感を放つ。恋に恋する女子高生で、多田にストレートに「結婚してください」と伝える。「そんなこと(=淫行)したら俺、逮捕されちゃう」という多田に、「あ、そういうのは無しで」とぬけぬけと言ってのける。もうこれだけで笑えてしまう。微笑ましい気分になる。その後も同級生男子と多田の間を行きかい、さらには親まで出張らせる始末。まさにおぼこさと小悪魔さの両方を遺憾なく発揮している。

 

極めて対照的なのがさとうほなみ演じる一花。こちらはトップレスを披露し、妖艶な濡れ場も熱演。『 RED 』の夏帆を上回る色気を存分に堪能させてもらった。多分、劇場に来ていた中高年たちも、さとうほなみを見に来ていたのだと思われる。いや、それにしても河合優実が小悪魔なら、こちらは悪魔というか魔女、いや魔性の女?婚約者に浮気されたからと、自分も同じことをしてやろうという発想もなかなかユニークだし、その相手に自分を一途に想い続ける男を選ぶというのも、ナチュラルに鬼畜だ。元々ミュージシャンということだが、表現方法が独特。無表情なようで表情がある。感情の起伏に乏しそうで、しかし感情が時に爆発する。自然体と言おうか、演技が上手いなあと感じない。等身大の悩めるアラサー女子を act しているのではなく、等身大の悩めるアラサー女子に be しているからだろう。素晴らしいとしか言いようのない performance である。

 

本作のテーマはタイトル通りに「愛」なのだが、『 愛なのに 』という逆接の通りに、きれいに成就することがない。愛する相手から愛のない求められ方をされることがどれほど酷なことか。それでいて、その求めに応じざるを得ないというジレンマ。瀬戸康史の渾身の演技に我あらず感情移入してしまった。男性の99%は恋を引きずった経験があるはずだが、そうした気持ちがわずかでもあれば、きっとこの多田という男とシンクロできはずだ。

 

本作の撮影はおそらく三鷹市だろう。Jovianの母校は三鷹市国際基督教大学で、見覚えのある街並みがいくつかあった。おそらくゲーセン(芸術文化センター)あたりなのではないかと思う。上連鳥というバス停にも思わず笑ってしまった。上連雀など、まさにかつての庭である。さらに物語終盤の神父様の説教が笑える。Jovianは霊肉一致の神学論を打ち出した関根正雄の弟子の並木浩一門下だったので、この神父の説教が何であるのかよく理解できた。なので一花が盛大な勘違いをしているのをニヤニヤしながら映画を鑑賞していた。おそらく濃厚なベッドシーン目的にチケットを購入していたどのオッサン連中よりも、Jovianの方がキモイ表情をしていたはずだ。まあ、それだけ刺さる人には刺さる作品になっているということである。

ネガティブ・サイド

現代風のLINEと古風な手紙。昔からの想い人である一花とのやりとりがスマホで、Z世代の女子校生の岬とのやりとりが手紙というコントラストが十全に追究されていたとは言い難かった。このあたりを愛のないセックスとセックスのない結婚との対比にまでつなげられていれば、年間ベスト級に仕上がったのではないだろうか。

 

終盤近くの多田のある台詞があまりにも陳腐である。ここはそれこそタイトル通りの「愛なのに!」でよかった。

 

総評

R15ということは、場合によっては高校生や大学生のカップルでも鑑賞できるわけだが、子どものデート向きではない。むしろ30代以上の夫婦で余裕をもって鑑賞するべき作品であると思う。愛の形はそれぞれで、何が正解というものでもない(不正解はありうるが)。男女のあれやこれやを赤裸々に語り、男にとっては非常にショッキングなセリフも聞こえてくるが、世の男性諸賢に提案したい。逆にそうしたシーンこそ呵々と笑ってしまおうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

To err is human, to forgive divine. 

「過つは人の常、許すは神の業」の意。確か高校生の時に学校で配られた『 WORD BANK 4000 』という単語帳で初めて見たと記憶している。大学の寮生活でネイティブ連中が何度か ”To err is human” と言って自己弁護しているのを聞いて「ああ、ホンマに使うんやなあ」と感動したのも覚えている。今度、仕事でミスった時に同僚ネイティブ相手に使ってみようと思う。

 

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『 マイスモールランド 』 -未来に光を灯せるか-

マイスモールランド 85点
2022年5月7日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:嵐莉菜 奥平大兼
監督:川和田恵真

これはまた凄い作品が送り出されてきた。個人的には『 存在のない子供たち 』に近い衝撃を受けた。年間ベスト候補の一つである。

 

あらすじ

難民として日本にやってきたクルド人家族たち。幼い頃から日本で暮らしてきた高校生のサーリャ(嵐莉菜)はアルバイト先で聡太(奥平大兼)と出会い、親しくなっていく。しかし一家の難民申請は却下され、サーリャたちは在留資格を喪失してしまう・・・

ポジティブ・サイド

クルド人と聞いてピンとくる人はどれくらいいるだろうか。Jovianもせいぜい第二次湾岸戦争時のアメリカがイラク攻撃の口実として「イラクは過去にクルド人を虐殺するために化学兵器を使った、だから今も大量破壊兵器を持っているはずだ」という無茶苦茶な論理を振りかざしていた時に初めて耳にした。少し調べてみると、まさに現在のウクライナと似通っていて、ある土地に住まう民族は何も変わっていないのに、周辺国の論理で国境線が書き換えられ、その結果、根無し草になってしまった。つまりは、パレスチナ人と同じくディアスポラなのだ。その意味で移民・難民とは無縁だった日本人には『 テルアビブ・オン・ファイア 』のようなブラック・コメディはウケなかったが、今後はもう違う。ロヒンギャウクライナの現実を目の当たりにして、無知・無関心ではいられないだろう。

 

Jovianは語学教育業界に10年いるが、たまにネイティブ非常勤講師が警察のお世話になる。事件や事故を起こしたとかではなく、たまたま職質された時に在留カードを不携帯だった、あるいは財布やカバンと一緒に在留カードを紛失したので、警察に遺失物届を出しに行ったら、何故かそのまま拘留された、などのトラブルが年に1~2回程度の頻度で起こる。その度に会社の講師人事担当者は上を下への大騒ぎとなる。大阪や京都在住のアメリカ人やカナダ人といった白人でもこうなのだ。非白人、非欧米人が日本でどういう扱いを受けるかは推して知るべしだろう。

 

クルド式の結婚式に戸惑いながらも、日本の学校、日本のアルバイト先、日本の地域に溶け込んでいるサーリャとその家族は、無情にも難民認定申請が却下される。それによって就労禁止になったり、埼玉県外への移動が原則不可となる。入管は入管としての仕事をしているだけなのだろうが、ここで考えざるを得ないのは日本人が移民・難民にならざるを得なくなった時のこと。外国で日本人が同じ対応をされても、これでは文句を言えないと思う。ウクライナ戦争が泥沼化、台湾情勢も緊迫とは言わないまでも楽観視できない。そして先軍政治に邁進する北朝鮮と、日本の平和と安全もいつまで保てるやら。肝心なのは「やられる前にやる」の精神ではなく、そうしたことをさせない外交努力、そして万一戦禍を被ったとしても助けてくれる友邦を持つことだ。

 

閑話休題。働くな、県外に出るなと言われても、生活があるのだからそうは行かない。サーリャも自身の夢を叶えるために、大学進学のために、バイト代を貯めねばならない。そこで出会う同世代の聡太との出会いが、何ともドラマチックさに欠けるボーイ・ミーツ・ガールだ。しかし、ドラマチックであるということは非現実的でもあるということ。本当に何気ない言葉の掛け合いから始まるサーリャと聡太の関係にこそ迫真性がある。超えてはならない荒川をしばしば超える二人は、織姫と彦星のようではないか。サーリャから聡太に贈る「こんにちは」と「さようなら」のスキンシップは、この上なくロマンチックで、しかしこの上なく物悲しくもある。

 

押し付けられていると感じるクルドの宗教、文化、風俗習慣、さらに父親から「聡太にはもう会うな」と言われてしまうサーリャの心情はいかばかりか。一方で、その父が逮捕拘留されるという悲劇。クルドに帰属感を得られず、日本にも帰属できず。これは本当につらい。引き裂かれるような気持ちで観た。しかし、父の秘めたる愛情、そして聡太の不器用な想いに何とか救われたような気持になる。ラストシーンをどう解釈するかは我々次第である。日本というのは国籍と民族がほとんどの場合一致する世界的に珍しい国である。しかし、日本に住んでいることと日本人であることが一致しなくなりつつある現在、日本は排外的になるのか、それとも包摂的になるのか。それを決めるのは我々である。

 

ネガティブ・サイド

平泉成演じる弁護士が無能すぎる。これも国選弁護人か?とんでもない田舎でもない限り、在留外国人をサポートする非営利・非政府系の団体は結構ある。そういうところと連携しなさいよ。そうした団体が実際に力になるかどうかは別にして、サーリャ一家の危機を全てこの弁護士に任せっきりにしてしまう物語は少しリアリティに欠けると感じた。綿密な取材の上、支援団体は当てにならないと判断したのかもしれないが、希望の光を少しは見せてくれないと、ラストのサーリャの祈りの言葉の解釈が難しくなる。

 

総評

派手なBGMや、奇をてらったカメラワークを一切排除した、セミ・ドキュメンタリー風の作品である。観る人を選ぶかもしれないが、中学生、高校生、大学生にこそ観てほしいと心から思う。同時に、その親世代にも観てほしい。新時代の日本がどうあるべきかを示唆する2022年の最重要作品の一つである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take refuge

避難する、の意。危険や危機から逃れるための行動を指す。take refuge from Ukraine to Poland のように使う。似たような表現に take shelter があるが、これは核爆発があったら核シェルターに逃げ込む、のような安全な場所そのものへ逃げ込むことを指す。

 

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『 死刑にいたる病 』 -サイコ・サスペンスの秀作-

死刑にいたる病 80点
2022年5月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:阿部サダヲ 岡田健史 宮崎優
監督:白石和彌

大袈裟な言い方をすると『 羊たちの沈黙 』や『 殺人の追憶 』に近い衝撃を受けた。邦画もアメリカ映画や韓国映画に負けないダークな世界を追求できるのだと証明した逸品だと言える。

 

あらすじ

大学生の雅也(岡田健史)は、24人を殺したとされる榛村(阿部サダヲ)から1通の手紙を受け取る。雅也は中学生の頃、榛村の営むパン屋の常連客だった。死刑判決を受けた榛村だったが、起訴された9件のうち、最後の9件目だけは自分の犯行ではないと言う。雅也は独自に事件の調査を始めるが・・・

以下、マイナーなネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

これは原作小説の勝利なのだが、まず設定が素晴らしい。24人を殺したとされるが、そのうちの1件は自分ではないと訴える死刑囚。これだけで興味を惹き起こされずにはいられない。また、演じる阿部サダヲが素晴らしい。人好きのする好青年から無表情に人を痛めつける殺人鬼、そしてカリスマ性すら感じさせるサイコパスを具体化している。『 彼女がその名を知らない鳥たち 』から更にレベルアップしたと感じる。瞬きしないのは役者の基本だが、その絶妙に黒目がちになるうっすらとした目の開け方が底知れない不気味さを更に引き立てる。サイコパスの演技の到達点だと言っていいかもしれない。日本のハンニバル・レクターとは褒めすぎかもしれないが、それほどの凄みを感じた。

 

対する岡田健史は『 弥生、三月 君を愛した30年 』や『 望み 』での、どこか弱々しい息子役という印象しかなかったが、本作で一皮むけたと言える。いや、弱々しい息子という点では本作でも同じなのだが、まるで『 殺人の追憶 』のソ刑事のように、序盤と終盤で別人であるかのように変貌する。元々の家族関係の悪さから内に相当なフラストレーションが堆積していたのが、調査を進めていく中でとある可能性に遭遇することで、一気に爆発する。その描き方がリアルだった。特に雅也が大学に行くたびに、背景の時間と雅也の時間がずれているのが秀逸。まさに「異なる世界に住んでいる」あるいは「この世界には属していない」という描写だった。

 

最もサスペンスフルなのは、何度か行われる榛村と雅也の面会シーン。BGMを一切廃し、役者の台詞とカメラワークと照明、音響だけで勝負していた。そして勝利を収めていたと評してよいだろう。今やお馴染みとなったアクリル板のこちらと向こうで、微妙に声の響かせ方・聞こえ方を変えて臨場感を生み出していた。また、しばしば雅也と榛村の顔の反射がアクリル板上で重なり合う。これにより二人の心理的・心情的な同化が視覚化されていた。面会シーンはどれもその場の空気が伝わって来るかのような緊迫感と臨場感があり、一つの謎が明かされると、更なる謎が生まれるという、ミステリーがサスペンスを生み、サスペンスがミステリーを生み出すというエンタメの極致だった。

 

雅也の重要な変化を示すものとして、雅也と二人の女性との距離が挙げられる。一人目は中山美穂演じる母親。最初は地方の旧家にありがちな極めて封建的・保守的な中年女性に見えたが、そこには別の被抑圧的な因子があったことが判明する。もう一人は雅也が大学で再会する同級生、灯里。大学に一切なじめない、つまり実家と榛村以外に現実と接点のない雅也の貴重な友人、そして恋人(というか情婦?)となる。この灯里との距離感がそのまま榛村との距離感と反比例する、という構成は非常に巧みであると感じた・・・その次の瞬間にすべてをぶち壊された。良い意味でも悪い意味でも。これは例えて言うなら、小説『 イニシエーション・ラブ 』の最後の2行に匹敵するインパクトとでも言おうか。これ以上書くと興ざめになるので止めておく。とにかく劇場でも配信でもレンタルでも良いので、出来るだけ多くの人に本作を鑑賞してほしいと思う次第である。

ネガティブ・サイド

榛村の弁護士(国選弁護人か?)が無能という印象を受ける。いや、別に無能でもよいのだが、リアリティがない。雅也の調査について中盤以降にあれこれと言ってくるが、だったら最初から色々と説明しておけと思う。また、そうした説明があったほうが雅也が矩を踰えるようになっていく展開が、雅也の内面の変化をより如実に表わせたのではないだろか。

 

総評

間違いなく阿部サダヲの代表作である。阿部定事件並み、いやそれ以上に猟奇的なシーンもあるので、鑑賞には注意を要する。いずれにせよ白石和彌監督が『 孤狼の血 LEVEL2 』を上回る衝撃作を世に送り出してきたのは間違いない。ちょっとジャンルは違うが、野崎まどの小説『 舞面真面とお面の女 』や『 死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~ 』を読んで楽しかったという人は、本作も堪能できると思う。この二冊を読了の上で本作を鑑賞してみようという酔狂な方は、是非とも本作冒頭と最後のシーンの意味のつながりを絞殺されたし。または本作鑑賞後に、上記の二冊を読むというのもありだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

look into ~

~を調べる、の意。その殺人事件を調べる = look into the murder case のように使う。事実を掘り下げたりする意味での「調べる」ということで、辞書などで語句の意味を「調べる」時には look up を使う。Jovianも大学の授業で時々 “You have 30 seconds to look up this word in your dictionary app.” と言っている。

 

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『 女子高生に殺されたい 』 - もっと設定を研ぎ澄ませれば更に良し-

女子高生に殺されたい 65点
2022年5月5日 梅田ブルク7にて鑑賞

出演:田中圭 南沙良 河合優実 細田佳央太
監督:城定秀夫

タイトルだけでスルーしようとしていたが、『 志乃ちゃんは自分の名前が言えない 』の南沙良が出演していると気付いて、ギリギリでチケット購入。上映最終日であっても、劇場の入りは4割程度となかなかだった。

 

あらすじ

教師の欠員が出た二鷹高校に赴任してきた東山春人(田中圭)は、そのルックスと人当たりの良さでたちまち人気教師となる。しかし、彼には秘密があった。目をつけていた女子高生、佐々木真帆(南沙良)に殺されたいというオートアサシノフィリアの持ち主だった。春とは密かに練っていた計画を進めようとするが・・・

以下、ネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

タイトルだけ読めば「どこのアホの妄想だ?」と思わされるが、中身はどうしてなかなか練られていた。シネフィル=映画好きな人、シネフィリア=映画好きということだが、オートアサシノフィリアというのは初めて聞いた。ありそうだと感じたし、実際に存在するようだ。この一見突飛な性癖(この語も、ここ10~20年で意味が変わってきたように思う)に説得力を持たせる背景にも現実味がある。田中圭は『 哀愁しんでれら 』あたりから少しずつ芸風を変え始めたようで、もう少し頑張れば中堅からもう一つ上の段階に進めるかもしれない。

 

女子校生役で目についたのは河合優実。『 サマーフィルムにのって 』や『 佐々木、イン、マイマイン 』など、作品ごとにガラリと異なる演技を見せる。今作のキャラにリアリティがあったかどうかはさておき、キャラの迫真性は十分に堪能できた。テレビドラマなどには極力出ずに、映画や舞台で腕を磨き続けてほしい役者だ。

 

南沙良の目の演技も見応えがあった。正統派の美少女キャラよりも、陰のある、あるいは闇を秘めた役を演じるのが似合う。こういう女子高生になら殺されたい。

 

最初は意味不明に思えた春人の行動の数々が中盤以降に一気に形を成していくプロセスは面白かった。高校生ものでゲップが出るくらい見飽きた学園祭をこういう風に使うのには恐れ入った。学園祭の変化球的な使い方の作品といえば恩田陸の小説『 六番目の小夜子 』と赤川次郎の小説『 死者の学園祭 』が印象に残っているが、本作も同様のインパクトを残した。

 

色鮮やかな序盤から陰影の濃くなる終盤の照明のコントラストがキャラクターたちの心情を反映している。またBGMも静謐ながら不穏な空気を醸し出すのに一役買っていた。タイトルで損をしていると思うが、普通に面白い作品。河合優実のファンなら要チェックである。

 

ネガティブ・サイド

本作の肝である「春人は一体誰に殺されたいのか?」という謎の部分がやや弱い。いじめっ子、柔道娘、予知娘、多重人格娘と取り揃えてはいるが、4択ではなく実質的には2択だった。というよりも1択か。最初から2択に絞り込むか、あるいは4択のまま観る側を惑わすような展開にもっと力を入れた方が中盤までのミステリーとサスペンスがもっと盛り上がっただろうと思う。

 

河合優実のキャラの地震予知能力は必要だったか?あの世界には緊急地震速報というものはないのだろうか。というか、予知能力と物語が何一つリンクしていなかった。この設定はそぎ落としてよかった。

 

南沙良のキャラのDIDも、もっとさり気ない演出を要所に仕込めたはず。『 39 刑法第三十九条 』などを参考にすべし。駄作だった『 プラチナデータ 』もそのあたりの伏線はしっかりと張ってあった。殺してほしい相手を南沙良の1択に絞って、ほんのちょっとした仕草や表情などを追い続けた方が物語の一貫性やフェアな伏線が生まれたはず。

 

総評

多重人格の扱いがちょっとアレだが、ストーリー自体はかなり面白い。南沙良河合優美などの、いわゆるアイドルではなくオーディションを潜り抜けてきた若手女優たちの演技も光っているし、照明や音楽も良い仕事をしている。それらをまとめ上げる城定秀夫監督の手腕は称賛に値する。劇場で見逃してしまった人も、ぜひレンタルや配信で鑑賞されたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

auto

元々はギリシャ語の self に当たる語に由来している。意味は「自身」あるいは「自動」。automobile = 自分で動く = 自動車である。他にも FA = factory automation = 工場稼働の自動化だし、autobiography = 自分で書く伝記 = 自伝である。

 

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