Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 Arc アーク 』 -メッセージの伝え方をもっと工夫せよ-

Arc アーク 35点
2021年7月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:芳根京子 寺島しのぶ 岡田将生
監督:石川慶

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SF小説界を席巻している『 三体 』を翻訳したケン・リュウの短編を石川慶が映像化。しかし、『 夏への扉 -キミのいる未来へ-  』同様に換骨奪胎に失敗したという印象。

 

あらすじ

17歳で出産したリナ(芳根京子)は、息子を捨てて自暴自棄に生きていた。ある地下クラブで偶然出会ったエマ(寺島しのぶ)と出会う。そこでリナは死体を芸術品として半永久的に保存する「ボディワークス」という技術を学ぶ。そしてエマの弟、天音(岡田将生)と出会う。彼は不老不死の研究者で、その技術の完成は目前に迫っていた・・・

 

以下、ネタバレあり

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ポジティブ・サイド

最近の邦画ではなかなか見ないシュールな画がいっぱいである。冒頭の剣呑な雰囲気のダンスシーンから、ボディワークスを操って展示品に仕立て上げるところまで、静謐ながらもダイナミックな色彩の使い方が、かしこで見て取れる。『 Diner ダイナー 』の蜷川実花に近い感覚を受ける。キャラクターに何でもかんでもしゃべらせたがる邦画の悪い癖があまり出ておらず、映像そのものに語らしめようとしている。前半の色使いが後半で突如モノクロに転調することで、いっそうコントラストが際立っている。

 

不老となり、見た目は若々しいままだが、実際は老人(高齢と言うべきか)のリナ。白と黒の濃淡で表現されることで、若さと年齢、老いと年齢の境目がグレーになっている。そうした世界観が視覚的に構築されており、この試みは上手いと感じた。だからこそ、ある時突然スクリーンに色彩が戻る瞬間に、観る側はリナの内面の重大な変化を悟ることができる。これも邦画らしくない技法で、非常に好ましい。

 

劇中でとある人物が「250年ローン」と口にする。仮に年に100万円払うとして2億5千万円。利子を差っ引くと2億円ぐらい?頭金として一割を拠出するとなると2000万円となり、日本で老後に必要とされる資金となるのは不気味であるが、リアルでもある。

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ネガティブ・サイド

トレイラーでしつこく「これは あなたの わたしの 物語」と喧伝されていたが、とてもそうは思えなかった。少なくとも「世界に触れる」という感覚は得られなかった。というのも、リナ自身の変化も社会そのものの変化も描写が極めて不足していたからだ。

 

リナ個人の変化として、見た目が変化しないということは一目で分かる。問題は、体の中が生理学的にどうなっているのかである。リナは80歳過ぎに子どもを産んだわけだが、それは凍結精子によるものである。問題は卵子の方。凍結卵子なのか、それとも生ものの卵子なのか。様々な細胞のテロメアを延々と初期化し続けることで、卵子を作る機能も復活するのか。というよりも、卵子の元となる細胞は生まれてきた時にすでに作り終えていて、そこから先は増えないはずだが・・・ 閉経というのは年齢ではなく、卵子が尽きることで起きる生理現象のはず。リナの娘のハルはいったいどうやって生まれたの?

 

リナは自分よりも年下の人間にも、見た目が自分よりも上というだけで敬語で接するが、これはリナ個人の癖のようなものなのか。それとも不老化手術を受けた人間全般がそうなのか、あるいは日本だけなのか。外国では見た目の年齢ではなく実年齢によって序列が決まるのか。そういった社会の変化もさっぱり伝わってこなかった。別に世界的なスケールでなくともよい。しかし、少なくとも日本というスケールの社会の変化を構想し、それを描くべきだった。不老化の手術を受ける人たちが一定数おり、そうした人々が確実に社会に根付いているということが伝わってこなかった。たとえば、テレビのニュースキャスターが不老となって、30代のリナも80代のリナもテレビで同じニュースキャスターを観ている、というシーンがあれば、社会は確実に変化しているということが非常にわかりやすく伝わる。実際の作品の後半はほとんどすべてが島の中で完結しているせいで、リナが不老であると言われてもまるでピンとこない。

 

その島のシーンで、エキストラの素人を使ったインタビュー集が挿入されるが、そこに突然有名俳優が使われる。ミスキャストとは言わないが、ちょっとしたすれっからしなら、「ああ、この人は特別なキャラだな。性別がこうで年齢はこれぐらい?ということは該当するのは・・・」と考えて、あっという間に正体に気が付いてしまう。このキャラは俳優ではなく素人に演じさせるべきだった。『 ノマドランド 』に出来たのだから、日本でも出来るはずだ。

 

アートな映画を志向したのは分かるが、根本のメッセージの伝え方がなにかちぐはぐしている。死は克服するものではなく、性を成就させるものであるという結論は、陳腐ではあるが、この上ない真理である。問題はその結論に至る過程だ。死への抵抗としてのプラスティネーションとボディワークスが、不老となったリナの生き様とコントラストになっていない。生きたままの肌の質感を保った死体と若いままの肌の質感を保った老人という対比が物語に反映されていない。死を克服した時代における生の意味を自分の生き様で証明すると宣言したリナだが、老健的な施設で入所者の穏やかな死を見つめ続けるのは、別に不老でなくてもできること。それこそ劇中で言われているように、時間をかけてやりたいことをなんでもやれるのだから、本当にそれに取り組む姿勢を見せればよかった。たとえば40歳で絵画を始めて70歳でいっぱしの画家並みの腕前になっただとか、数十年の間に数千点の編み物をこしらえただとか、「締め切りがあるからこそ人は行動する」ではなく、本当に主体的に生きているというリナ像を呈示しないことには、最後のリナの決断に説得力がない。惰性で生きているだけに見えてしまう。それこそ最後の最後にリナが自分の体に巻き付いている糸を自ら切り離し、自分は誰かのボディワークスだったのだ、と悟るシーンでもあればまだマシだったのだが。

 

総評

映像作品として観れば及第だが、物語として観れば穴だらけ。来るべき世界への予感もなく、死生観の変化をダイレクトに描くこともなかった。仮にもSF作品なのだから、文明社会というものの変化を映し出すことに取り組まなければいけない。芳根京子の演技力に頼りすぎである感は否めない。芳根のファンなら必見だろうが、カジュアルな映画ファンのデートムービーにお勧めできる作品ではない。かといってSFファンをうならせる出来にもなっていない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

immortal 

不死、不滅の意味。生物学的な意味だけではなく、その他の比喩的な意味でも使う。earn immortal fame = 不朽の名声を得る、などのように使われることが多い。逆にmortal = いつか死ぬ、という意味。今まさに上映中の『 モータルコンバット 』は直訳すれば、死につながる戦い=負けた方は絶対死ぬ戦い、のような意味となる。元々、ラテン語の死=morsから派生した語。お仲間にはmortuaryやmortgageなどがある。英検準1級以上を目指すなら知っておこう。

 

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