Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 イヴの時間 劇場版 』 -ロボットと人間の関係性をリアリスティックに描く-

イブの時間 劇場版 70点
2019年1月9日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:福山潤 野島健児 田中理恵 佐藤利奈
監督:吉浦康裕

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TSUTAYAでDVDなどをあれこれと渉猟していると、松尾豊の書籍『 人工知能は人間を超えるか 』の表紙にそっくりのキャラをカバーボックスに発見した。10年近く前のアニメであったが、これが思わぬ掘り出し物。”Don’t judge a book by its cover.”とは、良く言ったものである。

 

あらすじ

未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。高校生のリクオとマサキはひょんなことから、ロボットと人間を区別しない喫茶店、「イヴの時間」の常連客となる。マスターのナギと過ごすうちに、彼らはロボットに対する認識を改めていく・・・

 

ポジティブ・サイド

実に数多くの先行テクスト、先行作品の上に成り立つ、あるいはその系譜に連なる作品である。人間とアンドロイドとの関係については、劇中でも触れられることだが、『 ブレードランナー 』を始め、コミックおよび映像化された『 攻殻機動隊 』、『 エクス・マキナ 』、『 アイ、ロボット 』、そして山本弘の傑作小説『 アイの物語 』などと相通ずる点が多い。数ある先行作品にも共通するテーマを本作は提示する。それは「人間らしさは人間だけに宿るわけではない」ということである。

 

一見して人間と見分けがつかないロボット=アンドロイドが普及し始めている世界を本作は描写する。そこにはドリ系と呼ばれる、アンドロイドとの関係に極度にハマってしまう者たちが存在する。そして、ロボット倫理委員会なる組織は、人間とロボットとの関係を人間的なそれにさせまじと美辞麗句に彩られたプロパガンダを放送するのである。近未来的であるとも言えるし、古典的なSF作品的であるとも言える。人間は人間以外とも対等な関係を結べるのだということは『 スター・ウォーズ 』シリーズを彩る数々のロボットやアンドロイドから一目瞭然である。極端な例では映画『 her / 世界でひとつの彼女 』も挙げられるし、もっともっと極端な例ではゲーム『 ラブプラス 』のキャラクターと結婚式を挙げた男性も存在したのである。フィクションの世界でも現実の世界でも、人間はしばしば人間以外の存在に人間らしさを見出してきたのである。「そんわけねーだろ」と思うだろうか?しかし、車を所有する男性の中には一定の割合で車を恋人もしくは相棒と見なす者が確かに存在するのである。

 

本作の世界では、パッと見では人間とアンドロイドの区別ができない。それどころかアンドロイド同士の会話でも、お互いをアンドロイドであると認識できないようなのだ。チューリング・テストがあっさりとクリアされた世界!これは凄い。本作は『 her / 世界でひとつの彼女 』以降で『 ブレードランナー 2049 』以前の世界なのだろう。喫茶店イヴで過ごすアンドロイドたちの挙動は、『 アイの物語 』の最終章「 アイの物語 」と共通する点が多い。

 

イヴで過ごす時間が長くなるほどにリクオはロボットに対する認識を深め、マサキはロボットに対する(自分なりの)認識をより強固にしていく。それは彼の過去のトラウマに根差すものなのだが、その見せ方が上手い。セクサロイドが存在する世界において、人間がロボットに対して純粋な友情や愛情を抱くことができるのか。本作では、アンドロイドではない、いかにもロボットロボットしたロボットが見せる振る舞いや言動にこそ、人間らしさが潜んでいる。それはとりもなおさず、我々が思う人間らしさは人間の姿かたちだけに宿るものではないことを意味している。そのことを非常に逆説的に示した映画に『 第9地区 』がある。反対に人間らしさを感じない、嫌悪感を催させるものの正体とは何か。それは人間の姿かたちをしたものが、およそ人間とは思えない動き、立ち居振る舞い、言動を見せた時であろう。それこそがゾンビに対して我々が抱く恐怖の源泉であり、『 ターミネーター 』に対して抱く恐怖でもあり、『 攻殻機動隊 』の草薙素子が自身の身体の女性性にあまりにも無頓着であることにバトーが思わず赤面し視線を逸らすことに対して、我々が違和感を覚える理由である。

 

SFというものはマクロ的には文明と人間の距離感を、ミクロ的には人間と非人間の距離感を描くものである。信じられないかもしれないが、「電卓など信じられない。そろばんの方が計算機として優れている」と考える人が一定数存在した時代があったのだ。そのことを実に象徴的に描いた作品として『 ドリーム 』がある。宇宙飛行士ジョン・グレンが人間コンピュータのキャサリン・G・ジョンソンに、コンピュータの計算結果を検算させるというエピソードがあるのだが、それはフィクションではなく史実なのである。本作は極めて純度の高いSFの良作である。

 

ネガティブ・サイド

ところどころに珍妙な英語が出てくる。その最も端的な例は“Androld Holic”である。正しくは“Android-aholic”である。Workaholicという単語をしっかりと分解すれば分かる。

 

Are you enjoying the time of EVE?というのもやはり珍奇な英語である。文法的には何も間違ってはいないが、こんな言い方はそもそもしない。Are you having a good time at The Time of EVE?の方が遥かにナチュラルだろう。

 

イヴの時間というカフェの名前に込められた意味をもっと追求して欲しかった。それともオリジナルのアニメ(全6話)では、そうした側面にもっと光が当たっているのだろうか。イヴと言えば、アダムとイヴであろう。男アダムの肋骨から作られた女イヴ。しかし、始原の男は土くれから生み出されたが、以降の人間は全て女から生まれた。イヴの時間というカフェが人間とアンドロイドの新たな関係の揺り籠になるのだという期待が、もう一つ盛り上がってこなかった。ナギはレイチェルなのか、ガラテアなのか。

 

総評

アニメ作品に、安易なアクションやロマンスを求めるライトなファンには不適であろう。本格SFファン向け作品とさえ言えるかもしれない。2010年に発表されたということは、構想はその数年前から原作者の頭の中では練られていたはず。RPAという言葉が、もはや概念ではなく実用一歩手前の技術として語られ始めた現代、ロボット、アンドロイド、そして人工知能とヒトとの関係が巨大な地殻変動を起こす、まさに今は前日(Eve)なのかもしれない。古さが全くない、逆に今こそ再発見され、再評価されるべき作品である。