Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 リング・ワンダリング 』 -虚実皮膜の間に漂う-

リング・ワンダリング 75点
2022年3月26日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:笠松将 阿部純子 長谷川初範
監督:金子雅和

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今日も今日とて土曜日出勤。仕事終わりに鑑賞可能な映画をランダムに探して本作をチョイス。あらすじも何も頭に入れずに臨んだが、なかなかの秀作だと感じた。

 

あらすじ

漫画家を目指しながら工事現場で働く草介(笠松将)はニホンオオカミを上手く描けずにいた。ある時、工事現場で犬の頭蓋骨と思しき骨を見つけた草介は不思議なインスピレーションを得る。他にも骨がないかと夜中に現場に赴くも、草介はそこでいなくなった犬を探す不思議な女性ミドリ(阿部純子)と出会い・・・

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ポジティブ・サイド

こう言ってはアレだが、ダメな役者が一人も出ていないだけで、これほど映画の世界というのは引き締まるのだなと感じた。予算をそれなりにかけて、話題になりそうな作品を題材にして、名前が売れている(≠実力がある)キャストで作品を作るのが主流になってしまった邦画の世界だが、まだまだ自らの心映えを作品世界に反映させられる作り手がいるのである。

 

主演の笠松将の空虚に見える目の中に宿る力強い意志の力、またミドリと出会ってからぶっきらぼうな態度が徐々に軟化していく様に説得力があり、またそこで見せる笑顔や、スケッチの際の真剣なまなざしに魅力を感じた。朴念仁ではあるが、その心根は悪くなく、心情の動きも表情や立ち居振る舞いにさりげなく、しかし確実に表れていた。

 

阿部純子も素朴な女性を好演。不思議な女性というよりも妖しげな女性と名状すべき雰囲気を醸し出す。それが物語のファンタジー要素を補強しながらも、説得力を持たせることにも成功している。また、いわゆる日本的な顔であることも大きい。これにより、タイムトラベルしていることに草介が気付かないという、展開の強引さを緩和している。片岡礼子安田顕の夫婦も脇を固める。全編にわたって無言の演技の多い本作で、それは非常に好ましいことだが、二人が目だけで語り合うシーンはその中でも白眉だった。

 

二ホンオオカミを思うように描けずにいたところ、それらしき骨からヒントを得るというのは、実際にありそうなことだと感じた。『 風立ちぬ 』でも堀越二郎が魚の骨をヒントに飛行機の機体の曲線を思い描いていた。自然の中にこそ創作のヒントが眠っているのだろう。また、本作で描出される自然の美しさにはかなりのものがある。金色に映える一面のススキ野原に、水音とオオカミの遠吠えだけが聞こえる雪山など、暗転した劇場でこそ観たいビジュアルが満載だった。非常に映画らしい映画だと感じた。

 

知らず知らずにタイムトラベルしていた草介が、自分の知らなかった歴史を知り、創作上の駒だとしか考えていなかった自身の漫画の登場人物を血肉化させていくようになるというプロットは凝ったものだと言える。ジャンル分けが難しい映画であるが、敢えて言えばファンタジー風味の人間ドラマだろうか。それとも人間ドラマ風味のファンタジーだろうか。合理的に説明がつく物語ではないが、監督・脚本の金子雅和の言わんとするところは伝わった。すなわち、生あるものは滅ぶ。しかし、滅びても死なないものがある、ということである。

 

ネガティブ・サイド

非常に独創的な作品だが、いくつかのショットは既視感に溢れたものだった。おんぶから一種の異界に至るというのは『 となりのトトロ 』のさつきとメイの構図だし、狼の巣穴のシーンは『 ネバーエンディング・ストーリー 』のグモルクとの対峙シーンにそっくりだった。

 

漫画パートを実写化するのは悪いアイデアとは思わないが、紙とインクの上で繰り広げられるストーリーを映し出すには、やはりモノクロにするなどの違いが必要だったのではないか。そのうえで、あのシーンだけは鮮やかなカラーにしてみせる、などの工夫ができたのではないかと思う。

 

総評

The less you know, the better. な映画だろう。詳しいあらすじを知っていれば、序盤のうちから「何だこりゃ?」と思ってしまったかもしれない。たまには予備知識ゼロで劇場に向かうのもいいものである。タイトルの英語は Ring Wandering。正確な発音は、リング・ウォンダリングに近い。和製英語で、山や森林で一種の vertigo に陥ることのようである。そのタイトル通りに、不思議な時間の円環に誘ってくれる。独特の世界観に浸らせてくれる、映画らしい映画である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

give sb a piggyback ride

誰々をおんぶする、の意味。単に piggyback sb up という言い方もある。基本的に小さな子ども相手にしかしない行為なので、大人同士の会話で使われることはあまりない。ただ、

Let me piggyback on that question.  
その質問に便乗させてください。

I piggybacked on their research and got this data.
彼らのリサーチに便乗して、 このデータを手に入れたんだ。

のように使われることはたまにある。

 

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