Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 ガメラ2 レギオン襲来 』 -レギオンの造形美を見よ-

ガメラ2 レギオン襲来 80点
2021年2月11日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:水野美紀 永島敏行 藤谷文子
監督:金子修介

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ガメラ 大怪獣空中決戦 』の続く第二弾。怪獣ジャンル、そして特撮の素晴らしさをあらためて教えてくれる傑作である。コロナ禍でレイトショーも事実上禁じられているなか、ブルク7は子ども連れからオッサンの一人鑑賞組(Jovianもこれだ)で、かなり込み合っていた。やはり、ガメラという大怪獣にはそれだけの魅力がある、あるいは時代が求める何かがあるのだろう。

 

あらすじ

北海道に隕石が落下したが、自衛隊が探索しても発見できない。穂波碧(水野美紀)は隕石が動いたとの仮説を立てる。その後ほどなくして、札幌市内の通信に異常が起き始める。そして、地下鉄の線路上で謎の生物が現れ・・・

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ポジティブ・サイド

何をおいてもレギオンという怪獣の特異性に触れないわけにはいかない。隕石の正体が怪獣というのはキングギドラでお馴染みだし、宇宙出身の怪獣というのはガイガンやスペースゴジラヘドラなどが先行しており、真新しいものではない。また小さな個体が巨大な個体へと変貌を遂げるのも1995年にデストロイアが先行して行っている。ただ、その小個体と巨大個体が別々の存在で、なおかつ旺盛に繁殖するというのは、これまでの怪獣映画には見られなかった特徴だ。

 

ギオンがケイ素生物であるという設定も秀逸。21世紀前の時点でケイ素生物を構想していた作品は漫画『 BLAME! 』ぐらいしかなかったと思うが、本作は『 BLAME! 』よりも前に発表されている。今でこそ宇宙生物学が花開きつつあり、ケイ素生物の実在が理論上で予測されているが、1990年代の時点でこのような世界観を構想していた人は少数だったはず。脚本家・伊藤和典の炯眼には恐れ入るほかない。そのレギオンの造形も素晴らしい。Jovianは割と昆虫の一部=宇宙由来という説を支持しているが、レギオンの甲虫的な外観はそうした考えを強力にバックアップしてくれているようで嬉しくなる。

 

本作も前作に劣らず謎の提示から謎解きまでのテンポがよく、観る者をぐいぐいと世界に引き込んでくれる。レギオンが作る草体のスケールの大きさよ。前作が『 シン・ゴジラ 』の模範的先行作品としてポリティカル・サスペンス要素を盛り込んで自衛隊出動へのハードルを下げてくれていたおかげで、本作の自衛隊の出動は非常にスムーズ。警察とビミョーに仲が悪いところもリアルで良し。ガメラと人間の共闘で侵略的宇宙生物を撃退するというのは、怪獣映画としてもSF映画としても、非常に質の高いエンターテインメントに仕上がっていると言える。

 

破壊のスケールもさらにアップ。『 ゴジラvsデストロイア 』で、ゴジラメルトダウンして地球を吹っ飛ばしてしまうかもしれないというシミュレーションはあったが、本作は本当に仙台を吹っ飛ばしてしまった。ヘドラを除けば、怪獣映画としてはシン・ゴジラと並んで最も甚大かつリアルな被害をもたらしたと言えるかもしれない。

 

ミニチュアの街並みや建物の小道具を実際に破壊してしまうことから、一発で撮影するしかないという緊張感がある。それゆえに特撮によるバトルやエフェクトには、CGには絶対に出せない味がある。前作で宿敵ギャオスを倒したガメラは、本作では地球の敵を倒した。『 ゴジラモスラキングギドラ 大怪獣総攻撃 』の護国聖獣が日本国民を殺しながらも日本という国土を護ろうとしたというバックボーンを、金子修介監督は本作によって確立したのだろう。日本怪獣映画史に記録されるべき傑作である。

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ネガティブ・サイド

水野美紀が若い。広瀬アリスとすずの姉妹によく似ているように思うが、ということはあの姉妹も水野美紀のような熟女になっていくのだろうか。それはさておき、水野美紀がやはり大根である。前作の藤谷文子も登場するが、こちらも大根。金子監督は役者の演出よりも樋口特技監督との打ち合わせで忙しかったのだろうと苦しい擁護をしておきたい。

 

子どもからダイレクトに力をもらうという昭和ガメラの様式美を映像美と合体させたが、このようなシーンをもう少し増やして欲しかった。首都圏絶対防衛ライン前での攻防や、ウルティメイト・プラズマ発射前にマナを集めるシーンで子ども達に「ガメラ、頑張れ」と言ってもらうシーンが数秒で良いので欲しかったと個人的に思う。

 

総評

ガメラ3 邪神覚醒 』もDolbyCinemaで再上映されるのだろう。そうでなければ嘘だ。『 シン・ウルトラマン 』の公開を今夏に控え、令和時代に特撮ジャンルの復活なるか。かつて大映から「ゴジラガメラの対決を」と呼びかけられた際に東宝は「貫目が違う」といって退けたが、もうそんな見栄やプライドの時代ではないだろう。GW明けには『 ゴジラvsコング 』も公開予定なのだ。邦画界は怪獣および特撮の“ユニバース”を真剣に考えるべき時に来ている。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

situation

状況、の意。単なる状況ではなく、まずい状況を意味する。イラク南スーダンの日報問題で「戦闘」という言葉が使われてしまったが、自衛隊は元々この言葉を使えなかった。代わりに使っていたのが「状況」で、「状況を開始する」とか「状況を終了する」と言い換えていたわけだ。その英語がsituationである。“We’ve got a situation.”=「まずいことになった」である。状況=situationという丸暗記は絶対にやめておこう。

 

現在、【英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー】に徐々に引っ越し中です。こちらのサイトの更新をストップすることは当面はありません。

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『 哀愁しんでれら 』 -転落サクセス・ストーリー-

哀愁しんでれら 50点
2021年2月7日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:土屋太鳳 田中圭 COCO 山田杏奈
監督:渡部亮平

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なにやらストーリーがさっぱり分からないトレイラーばかりを見せられているうちに、気になってきた作品。土屋太鳳が母親役を演じるということで、新境地が見られるかと思い、劇場へと向かった。

 

あらすじ

市役所で自動相談員として働く小春(土屋太鳳)は、10歳の頃に母親に捨てられたことから、そんな大人にだけはなるまいと誓っていた。祖父の入院、実家の火事などの災難続きなところへ恋人の浮気も発覚。どん底にいた小春は、偶然にもクリニック経営者の大吾(田中圭)を踏切内で助ける。大吾の娘のヒカリにも気に入られた小春はとんとん拍子に大吾と結婚、幸せな生活が始まるが・・・

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ポジティブ・サイド

土屋太鳳の新たな一面が見られる。これまでのどこか受動的なキスではなく扇情的なキス。閨事のはじまりに、事後のピロートークなど、年齢相応の役を演じられるようになってきた。『 累 かさね 』でも鼻持ちならないキャラを演じていたが、本作をもってそうしたキラキラ女子高生および女子大生イメージからは完全に脱却したと言っていいだろう。

 

相手の田中圭も安定感のある演技で応える。さわやか系ではあるが、チンピラから暴力的な刑事まで何でも過不足なく演じられる標準以上の俳優で、今回は哀愁しんでれら相手のプリンス・チャーミング役を好演。白馬に乗った王子様であるが、この王子様は馬刺しを食べる王子様である。

 

役者陣で最も印象的だったのはCOCOという子役。『 コクソン 哭声 』の子役のキム・ファンヒの怪演には及ばないが、それでも最近の子役のパフォーマンスでは白眉。無邪気な小学生の顔ともう一つの顔を見事に演じ分けた。監督の演出と本人の個性がマッチしたのだろう。こういう子どもが『 約束のネバーランド 』にいれば、ミステリーとサスペンスがもっと盛り上がっただろうに。

 

ところどころに人間の根源的な願望というか、見たいものを見るという選択的な意志が働くショットがあり、そこは面白いと感じた。そして、そのビジョンの一つを実現させてしまうラストには笑ってしまった。邦画らしくない邦画で、こうした企画が通り、実現されるのだから、日本の映画界ももう少し見守ろうという気になれる。

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ネガティブ・サイド

土屋太鳳を追い込むなら、もっと徹底的にやるべきだ。男性器をかわいらしく言い換えた言葉も使うが、そこは「あんたの粗末なアレ」とか言うべきだったと思う。序盤と終盤での土屋の変化の落差を印象付けたかったのだろうが、すでにこの時点で小春は不幸のどん底だった。つまり、本音がポロリと漏れやすい状態、思わずきつい言葉を吐いてしまう状態だったわけで、落差を印象付けるなら、ここだった。

 

新居となる家が大きすぎる。『 シンデレラ 』の城のイメージなのだろうが、それなら靴ばかりに不自然にフォーカスするのではなく、小春のバックグラウンドも分かりやすくシンデレラのようにするべきだった。母親に捨てられるというのは辛い体験であるが、その後に家族と共に結構楽しそうに暮らしていては、シンデレラ・ストーリーを成立させにくい。家族によって無意識のうちに抑圧されていたという背景を小春に持たせた方が、荒唐無稽なストーリーにも少しはリアリティが生まれる。

 

その迷い込んでしまった城でも、ホラーのクリシェが多すぎる。薄気味悪いガジェットで埋め尽くされた部屋も既視感ありありだし、気味の悪い肖像画というのもお馴染みのアイテム。シンデレラ・ストーリーを恐ろしいものに見せたいのなら、王子様が怖い人だったという構成ではなく、お城暮らしをするようになったシンデレラが、いつの間にか下々の者を見下すようになっていた、という筋立ての方が説得力があっただろう。山田杏奈演じた小春の妹が大吾にネチネチと嫌味を言われるシーンがあるが、こういった言葉を小春自身が可愛がっていた妹に知らず知らずのうちに浴びせていたという方がサイコな怖さを演出できたと思う。

 

総評

パラサイト 半地下の家族 』並みにジャンル・シフトする作品である。だからといって面白さはその域には全然達していない。けれども、邦画が及び腰になっていた領域に果敢に突っ込んでいった点は評価せねばなるまい。ドラマスペシャル『 図書館戦争 BOOK OF MEMORIES 』、『 図書館戦争 THE LAST MISSION 』の二人のreunionを喜べる人であれば、チケットを購入してみてもいいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

disqualify

失格させる、の意。元々の動詞、qualifyに否定の接頭辞disがくっついたものである。「母親失格です」ならば“You are disqualified as a mother.”となる。他にもunderqualifiedやoverqualifiedなどの語は、外資系で採用に携わっている人はしょっちゅう耳にしていることだろう。

 

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『 THE 焼肉 MOVIE プルコギ 』 -一緒に食べて友達になろう-

THE 焼肉 MOVIE プルコギ 50点
2021年2月6日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:松田龍平 山田優 井浦新
監督:グ・スーヨン

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偶然にも最悪な少年 』のグ・スーヨン監督の作品。焼肉を通じて経済活動の醜さと人間関係の尊さを面白おかしく描いている。2020年の1129(いい肉)の日にテレビ放送されていたが見逃したため、今回レンタルにて鑑賞。

 

あらすじ

兄と生き別れた韓国人孤児から成長したタツジ(松田龍平)は北九州のプルコギ食堂で伝説のじっちゃんの下で修行の日々を過ごしていた。そんな時、テレビの焼肉対決番組で破竹の連勝を続ける虎王の経営者トラオ(井浦新)から挑戦があり・・・

 

ポジティブ・サイド

本当においしい店は外観にカネなどかけない。まるで『 焼肉ドラゴン 』のようなたたずまいの店で、従業員も客も笑い合う。コロナ禍の中で見られなくなった“会食”の風景に、こちら側も笑顔になれた。

肉そのものへのフォーカスにも抜かりはない。赤肉と白肉(=いわゆるホルモン)の対比を軸に、トラオとタツジの対決につなげていくが、そこで実際に虎王によって供される肉料理もなかなかのもの。『 フードラック!食運 』が疎かにした、焼肉以外のメニューを本作はしっかりフィーチャー。さらにプルコギ食堂が出すメニューやまかない飯もかなり食欲をそそる。特に豆もやしスープは、ニンニクとわかめのスープほど焼肉料理屋ではメジャーではないが、好きな人は何より好きだという通のメニュー。さすがに在日二世のグ・スーヨン監督である。特に荏胡麻の葉っぱ(ケンニップ)のしょうゆ漬けを持ってきたところに、監督のこだわりを見た。メニューに荏胡麻の葉がある店はそんなに多くないが、実際はありふれた総菜の一種である。これに加えられた隠し味が焼肉対決でも、またタツジの兄探しにも大きな役割を果たしている。

 

プルコギ食堂でも虎王でも、調理場でさりげなく復讐種類の包丁がフレームに収められているところでニヤリ。『 フードラック!食運 』がエンドクレジットの実在の店のショットで初めて映したところを、本作は全編にさりげなく忍び込ませている。焼肉を食べるのが好きな人が作ったのが『 フードラック!食運 』。焼肉という料理そのものを好きな人が作ったのが本作だということが伺える。そのことは、肉の焼き色ではなく、肉と油が熱によって内側で爆ぜる音に耳を澄ますという描写からも明らかである。

 

俳優たちも何気に豪華だ。松田龍平の無表情さは孤児のバックグラウンドを感じさせるし、山田優も若さそのままの健康的な色気を放っている。劇中で死亡してしまった韓老人を演じた田村高廣の遺作となってしまったが、その死の演技は圧巻の一語に尽きる。『 ターミネーター2 』のディレクターズカットで、T-800のプログラムをいじくる時のシュワちゃんの静止演技をはるかに超える長尺ワンカットでまばたき一つしないという超絶的な演技を見せた。名優に合掌。

 

ネガティブ・サイド

津川雅彦をはじめとした焼肉バトルの審査員がボキャ貧もいいところだ。もっと肉の美味さを映像的に分かる形で表現しないと。特に赤身肉の美味さというのは、タンパク質=筋肉の繊維がしっとりとしていて、噛めば肉汁を出しながらすんなり噛み切れるところにある。そういった肉の特徴を、もっと擬音語や擬態語でもって語らないと。「噛むと肉汁がじゅーっと溢れて、それでお肉もサックサクで、のど越しもツルン」みたいな大仰な表現をしてほしかった。

 

タツジが納得いかない出来の肉を皿ご放り投げるシーンには、元焼肉屋ならずとも腹が立った。タツジのキャラクターを描くうえで重要な演出でもないし、「これ、処理しといて」とか「テレビのスタッフさん、食べてください」とでも言えば、横柄ではあるものの食べ物を粗末にしない人間であるというふうに描出できたはず。

 

コメディ調ではあるものの、そのトーンが一貫しない。牛を連れてきて対決をする男にひらすらセロリをかじる男。セクシーギャルを使っての客引きなど、コメディっぽいシーンはふんだんにある。一方で、暴力沙汰も結構あり、これらのシーンは笑えない。このあたりのアンバランスさが本作のトーンから一貫性を奪って、ジャンル不詳にしてしまっている。

 

最も気になったはタイトルにあるプルコギがほぼ出てこないこと。プルコギはどちらかと言うと韓国風すき焼きで、韓国風焼肉とは別物。ちなみにJovianが思い描く、そして韓国で実際に食べた韓国風焼肉とは、鉄板で焼いた豚肉・牛肉を、玉ねぎやニラやニンニクと少量のご飯と共に葉野菜でくるんで食すものを指す。せっかく北九州という韓国に非常に近い土地にフォーカスしているのだから、朝鮮半島由来の料理をもっと登場させてみても良かったのでは?

 

総評

焼肉は比較的安全な外食とされるが、まだまだ不安のある人も多いことだろう。そうした向きが観ると良いかもしれない。井浦新が、この頃はまだARATA名義である。井浦のファンならば是非見よう。もちろん、松田龍平ファンにもお勧めである。誰かと一緒に食べることが難しい今だからこそ、本作の持つ「一緒に食べて友達になろう」というメッセージが、より尊く響いてくる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

grill

「(鉄板や網に乗せて)焼く」の意。日本語では「焼く」は「焼く」だが、英語では他にもburnやbake, broil, roastなど、焼き方によって様々な動詞がある。無理やり丸暗記するのではなく状況と共に、かつビジュアルイメージを持って理解することが、コロケーションの知識を深めていくことにつながる。

 

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『 花束みたいな恋をした 』 -青春と現実の境目が痛い-

花束みたいな恋をした 75点
2021年2月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:菅田将暉 有村架純
監督:土井裕泰

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昨今の邦画では珍しい、映画オリジナル作品。それだけで劇場に向かう価値はある。同じように感じた人が多かったのか、MOVIXあまがさきの5番シアターには老若男女が詰めかけていた。実際の映画の仕上がりも標準以上のものだった。

 

あらすじ

大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は終電を逃してしまったことから偶然に出会う。サブカル趣味が共通する二人はたちまちのうちに意気投合。やがて付き合うことになるが・・・

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ポジティブ・サイド

 

以下、ネタバレに類する記述あり

 

主演の二人がスターでありながら、まったくオーラを発していないところが素晴らしい。まさに等身大の大学生からひよっこ社会人という感じである。おそらく本作が刺さるのは、菅田将暉有村架純の同世代ではなく、Jovianのような中年世代の方だろう。少女漫画の実写映画化のプロットやキャラクターの背景からは「ああ、俺にもこんな青春があったなあ」とは思えないが、本作の麦と絹の二人からはそれが濃密に感じられる。はたから見れば何のことか分からない話題で盛り上がれるというのは、特に東京の大学生には重要である。地方から出てきて、全く新しい人間関係をゼロから構築する中で同好の士を見つけることは至上ミッションなのだ。大学の部活やサークル、同好会に居場所を見出せれば良いが、それができなかった場合は外に居場所を見つけなくてはならない。麦と絹は一種のアウトサイダー同士なのだ。麦と絹が互いの文庫本を見せあって破顔一笑するシーンでは、大学時代に栗本薫の『 グイン・サーガ 』シリーズや小野不由美の『 十二国記 』シリーズの話題で盛り上がれる女子に出会ったことを思い出した(その女子とは友達で終わってしまった・・・)。作家や作品名などに固有名詞がバンバン出てくるが、そこは自分なりに脳内で改変して楽しめばいい。これはそういう映画である。

 

麦と絹のフリーター同士の交際から同棲、そして徐々に生活に齟齬が生まれてくる流れも巧みで自然だ。自然と言うのは、よくあることという意味ではなく、誰もが自分なりに置き換えて消化できるエピソードになっているということだ。麦が絹に自作のガスタンク映画を見せてやり、その長さに思わず寝入る絹の寝顔を見つめる麦の表情が印象的で、Jovianは『 ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間 』を有楽町で一緒に観た大学の同級生(友達で終わった女子ね・・・)を思い出した。

 

麦の趣味であり夢であるイラストレーター、絹の趣味である「ラーメンと女子大生のブログ」が、二人の生活に占める割合が変化していく様が演出の妙。イラストで身を立てようとして上手く行かない麦と、ラーメン屋巡りはスパッと辞めてしまったかに見える絹。男は年齢を重ねてロマンチストになるが、女性は年齢を重ねてリアリストになっていくという対比が見えて、上手いなと感じた。就職および仕事を巡っての心の在りようの変化も真に迫っている。『 何者 』でも共演した二人だからこそ、このあたりの芝居も非常にスムーズ。

 

別れのシーンも秀逸。これって俺の話なのか・・・、と困惑させられ、同時に痛く共感させられたのが、別れを切り出された麦が、絹に結婚を提案するところだ。若気の至りなのか、自分も血迷って別れ話の席で全く同じことをしたことがある。脚本家・坂元裕二の体験でもあるのか、それとも男性に普遍的な思考回路なのか。おそらく後者なのだと思うが、このシーンでは我あらず涙ぐんでしまった。その後に二人に別れを決断させる演出は反則。このシーンは絶対にB’zの『 いつかのメリークリスマス 』の最後の歌詞にインスパイアされている。間違いない。勝手に断言させてもらう。若者向けではなく、中年向け映画であると、ここで確信した。

 

劇中、邦画では珍しく駅名や地名がポンポン出てくる。飛田給と言えば東京外大。その昔に何回か合コンしたが、戦果ゼロ。明治大は高校の同級生が通っていたので、何度か訪れたことがある。そして何と一瞬だけではあるが、三鷹市芸術文化センター、通称ゲーセンが映っていたではないか。国際基督教大学出のJovianにとって馴染みのあるスポットである。自分のよく知る景色が出てきたことで、ここでもやはり5点オマケしておく。

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ネガティブ・サイド

いつ頃から、「好きです、付き合ってください」が「付き合ってください」だけOKというふうに変わったのだろうか。15~20年ぐらい前は「好きです」がないと、「付き合ってください」につながらなかったと記憶しているが、いつの間にやら「え、俺らってもう付き合ってるでしょ?」みたいな時代になったのか。『 勝手にふるえてろ 』でも松岡と渡辺のそんなシーンがあったが、本作ぐらい中年層にアピールする作品ならば、その世代の若い頃の恋愛文法に従ってほしかった。

 

冒頭から独白が多すぎるようにも感じた。キャラクターの心情を言葉で観客に効かせるのは悪いことではない。それが効果的であることも多い。けれども、本作のように観る側の経験や記憶、感情を刺激する作りであるならば、すべてを麦と絹に語らせるのではなく、行間に余裕を持たせた語りをさせるべきではなかったか。

 

引っかかったのは、麦が絹の髪をドライヤーで乾かしてやるところ。女性の髪に触るという行為は、めちゃくちゃハードルが高い行為に思えるのだが。俺が立派なオッサンの完成だからかな。このエピソードは三日間セックスしまくった後のシャワー後の方がよりリアリティがあったのでは?

 

自称・映画好きが『 ショーシャンクの空に 』を挙げるシーンで麦も絹も表情が凍り付くが、別ええやんけ・・・。『 ショーシャンクの空に 』も、別に最初から大ヒットしたわけじゃなく、徐々に人気が上がっていったメインストリームではなかった作品。ここは『 スター・ウォーズ 』とか『 アベンジャーズ 』と言わせるべきだった。

 

総評

劇場にたくさん来ていたが、10代20代には積極的にはお勧めしない。『 僕の好きな女の子 』同様に、30代40代にこそ観てほしいと個人的に思う。ハッピーエンドでもなくバンドエンドでもない。人生の中で確かにそこにあった青春を、時をかけて慈しめるようになった世代向けの作品。鑑賞後、なぜか無性にB’zのミニアルバム『 FRIENDS 』を聞きたくなった。中年男性B’zファンなら共感してくれるものと思うし、そうでなくとも青春の1ページを確かに思い起こさせてくれることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Those were the days.

劇中の「楽しかったね」の私訳。『 ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 』でも紹介した表現。語学学習はある程度の丸暗記が必要だが、一定以上のレベルに達したら状況とセットで理解することを目指すべし。

 

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『 シャッフル 』 -サンドラ・ブロックを堪能せよ-

シャッフル 50点
2021年2月4日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:サンドラ・ブロック
監督:メナン・ヤポ

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緊急事態宣言以後、嫁から尼崎市内から極力出るなとのお達しが出ている。本当は梅田や心斎橋に足を伸ばしたいのだが・・・。一方で映画を観る人は増えているようだ。事実、近所のTSUTAYAは明らかに客が増えている。配信ではなくレンタルというところに日本のデジタル化の遅れを実感するが、それでもVHSからDVD、Blu-rayのカバーボックスの表と裏でキービジュアルやプロットをチェックするのは楽しい。本作もタイトルとカバーのデザインだけでレンタルを決めた。

 

あらすじ

リンダ(サンドラ・ブロック)のもとに保安官が訪れ、夫のジムが交通事故で死亡したと告げる。呆然自失するリンダは翌日、出勤前にリビングでくつろぐ夫と出会う。だが、さらにその翌日、ジムは亡くなっていた。時間の流れがシャッフルされているのか。リンダはジムを救うことができるのか・・・

 

ポジティブ・サイド

高畑京一郎の小説『 タイム・リープ―あしたはきのう 』を映像化すると、このような作品になるのだろう。タイムトラベルやタイムスリップは、それこそ星の数ほど小説でも映画でも使われてきたが、時間をバラバラに経験するというのは珍しい。時間の描写を逆にするのは『 メメント 』などもあり、珍しいものではなくなってきているが、本作のように時間の順序をシャッフルしてしまうというアイデアは秀逸だと思う。このことによって思わぬサスペンスが生まれている。

 

例えば娘の顔の傷。あるいは洗面所に無造作に放置された錠剤。謎が生まれるたびに、その謎がいつの時点で発生したのかを考えてしまい、引き込まれる。これが例えば『 オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式 』のような普通のタイムトラベルものだと、現代と過去の違い(たとえば片方の腕の有無)から、過去に何かが起きたと分かる。問題は、時間の流れが一方通行であるため、現代につながる事件の起きる瞬間に対して主人公たちが受け身にならざるを得なかったところ。本作は逆に、待っていれば欲しい情報が得られるわけではない。次から次へと意味不明の展開が起こり、別の曜日になってみて初めて、その意味が分かる。ある意味で『 TENET テネット 』のような構成なのだ。ここが非常に新鮮で面白かった。

 

オチも、この手の時間改変スリラーの中では王道と言えるものだが、後味は悪くない。むしろ、Memento moriの元来の意味に近いCarpe diemという哲学を想起させる。Milfyなサンドラ・ブロックが堪能できる佳作。

 

ネガティブ・サイド

超常現象、あるいは怪奇現象を思わせる演出のすべてがノイズである。カラスの死骸のシーンでは、「あれ、これって『 ペイ・ザ・ゴースト ハロウィンの生贄 』の系統のストーリーなの?」と感じてしまった。妙な演出など不要、ストレートに不可解なシャッフル現象だけを取り上げれば良い。ストーリーの根本にあるのは「何故こうなっているのか」ではなく、「この状況で何をなすべきか」なのだから。

 

ジムの出棺のシーンもめちゃくちゃ。『 ドクター・デスの遺産 BLACK FILE 』でも、御棺を警察官2人で軽々と運ぶシーンがあったが、プロレスラー並みの力持ちかいな。本作は本作で、男二人で運ぼうとした棺をガタンと落としてしまい、中から首がゴロゴロゴロ、ってそんな馬鹿な。普通は簡単にでも縫い合わせる。その上で縫合部に包帯を巻くのが常道だ。ここでも場に不穏な空気を流したいという園主のためだけに、リアリティが著しく損なわれてしまっている。なんでもかんでも現実に即せと言いたいわけではない、念のため。その作品の持つ世界観と合っていないのだ。

 

世界観にマッチしない最大のノイズと感じたのは、牧師?神父?がリンダに教えを与えるシーン。信仰の本質を突いた鋭い説教だと感じたが、これを最終盤手前に持ってくるのなら、序盤のホラー的な演出はすべてが無意味である。なので、このシーンをバッサリ削るか、あるいはこけおどしシーンを全て切り落として説教のシーンを活かすかである。監督:メナン・ヤポ監督は、このあたりのバランスを見失った。二兎を追う者は一兎をも得ずである。

 

総評 

壮大な謎や陰謀の存在をにおわせるが、その謎解きも無し。けれども『 エミリー・ローズ 』のように謎を解くことに主眼があるのではなく、その謎に立ち向かう人間の姿に美点を見出すならば、なかなかの良作と言えるのではないだろうか。英語でたまにa rainy day DVD=雨の日にちょうど良いDVDと言ったりするが、時代に合わせてa stay-home day DVD=外出自粛日にちょうど良いDVDという言葉を提唱したい。本作は、a stay-home day DVDである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Tell me about it.

やっぱり契約破棄していいですか!? 』でも紹介したフレーズ。「言われなくても分かってるさ」、「まったくその通りだ」、「よく分かるよ」という意味である。こうした表現をナチュラルに使えるようになれば、上級者の一歩手前である。

 

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『 ヤクザと家族 The Family 』 -家族観の変遷を描く意欲作-

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ヤクザと家族 The Family 80点
2021年1月31日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:綾野剛 舘ひろし 尾野真千子 豊原功補 磯村勇斗
監督:藤井道人

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新聞記者 』の藤井道人がまたしても秀作を届けてくれた。『 宇宙でいちばんあかるい屋根 』は見逃してしまったが、おそらくこの監督は2020年代の邦画を支える存在に成長していくことだろう。そう思わせてくれるだけの力量を本作から感じ取った。

 

あらすじ

山本賢治綾野剛)は父を亡くした。覚せい剤中毒だった。街中で偶然に目にした売人からクスリと金を奪った賢治は馴染みの料理屋に向かう。そこにやって来た柴咲組組長・柴崎(舘ひろし)の危機をたまたま救ったこと、さらに売人の属する組の者から追われていたことから、賢治は柴咲と親子の杯を交わす。そして賢治はやくざ稼業で徐々に頭角を現していくが・・・

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ポジティブ・サイド

本作は現時点での綾野剛のキャリア・ハイである。『 新宿スワン 』の演技も良かったが、あちらは漫画のキャラクター、つまりは原型が存在していた。対して本作は映画オリジナル、つまりは一から監督兼脚本家の藤井道人と共に作り上げたキャラクター。この差は大きい。前者は極端な表現をすれば物真似で、後者こそ演技と呼べる。

 

2005年で25歳ということは、賢治はJovianと同世代である。20歳から39歳までを演じ切った綾野剛の演技の幅には唸らされた。少年期の無軌道なチンピラぶりと、寺島しのぶの切り盛りする焼肉屋での無邪気な会話のギャップ。柴咲組の構成員として夜の街を仕切る若手。そしてお務めを終えて嗄声気味になってしまった中年の入り口。タバコの吸い過ぎ、および肉体的な衰えを声だけで表してしまった。クリスチャン・ベール演じるバットマンとは一味違う、というよりもそれ以上に巧みな声の演技だと評したい。綾野剛が時代と共にどん底から絶頂へ、絶頂からどん底へという人生を送るのだが、すべての時代において強烈な生き様を見せつけている。

 

親分である舘ひろしや敵対する組の豊原功補など、役者としての先輩や大御所級が古いヤクザ、そして新しい時代に適合しようとするヤクザを熱演。法に照らして良いか悪いかを判断するなどというのは野暮というものである。昭和を古き良き時代と回想できるかどうかは人による、あるいは時代に拠るのだろうが、昭和から平成、そして令和となった今の時代、高齢ヤクザは間違いなく昭和を古き良き時代と回想するだろう。本作が描くのは平成から令和の世である。つまりは、本作に描かれるヤクザ者たちも、没落していく、絶滅していくという大きな時代の流れに飲まれつつあるのである。そうした時代に雄々しく生きようとする男たちに、何故これほど胸を揺さぶられるのか。Jovianはヤクザが嫌いであるし、中学生や高校生の頃に父親と一緒に観た高倉健任侠映画の討ち入りだとか、自分を慕ってくれる人のための敵討ちだとか、そういう浪花節には心を動かされなかった。しかし、本作の賢治の生き様には不覚にも感動を覚えた。俺も年を取ったということかな・・・

 

賢治と尾野真千子演じる由香のロマンスも良い。意味なく夜の海へとドライブに行くシーンが印象的だ。周りには誰もおらず、二人きり。それでも賢治はヤクザという鎧を脱ぎ捨てることができない。このシーンがあるがゆえに、その後に賢治がヤクザではなく一人の弱々しい男として由香の前に現れる場面で、由香の包容力がよりいっそう際立つ。『 影踏み 』でも感じたが、尾野真千子の母性の表現には脱帽である。

 

令和の時代、ヤクザの凋落っぷりと半グレの台頭、そして元ヤクザに対する世間の風当たりの強さ。面子や体面に命をかけるヤクザには生きづらい世の中だ。と言うよりも、生きていくことが許されない世の中だ。このように映し出される“今”という時代に我々は何を見出すべきか。コロナ前に撮影されたであろう本作は、驚くほどコロナ禍の今を映し出している。自粛警察やマスク警察が跋扈し、飲食店に無理な休業をさせた政府に「補償と休業はセット」と言いながら、実際に休業あるいは時短営業した店に補償を行うと、今度はそれらの飲食店を叩く時代である。元ヤクザの家族というだけで退職や転校を余儀なくされてしまうところに、コロナ感染者叩きと全く同根の社会病理を見る思いだ。実際にJovianの同僚の娘さんの小学校では、とある生徒の親がコロナ陽性となり、その子も濃厚接触者認定され、学校を休んだ。結果としてコロナいじめが発生し、転校せざるをえなくなった事例があったという。未成年はかなり高い確率で大丈夫と判明しつつあった2020年に日本各地の学校で学年閉鎖(学級閉鎖ではない)が頻発したのは、誰がコロナ陽性あるいは濃厚接触者であるかを分からなくするためという目的もあったのだ。

 

決してハッピーエンドではない本作であるが、それでもヤクザが家族を持つこと、そしてヤクザという疑似家族関係について、大きな示唆を与える問題作となっている。2020年の邦画のトップ3に入るだろうと2月の時点で予言しておく。

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ネガティブ・サイド

舘ひろし演じる柴咲の親分があまりにも無防備すぎる。「俺の命、取れるものなら取ってみろ!」と敵対する組に凄んでおきながら、ろくにボディガードもつけずに釣りに出かけるとはこれ如何に。クルマも防弾仕様にしておきなさいよ。実際に銃を持った相手に襲われるのは、初めてではないのだから。

 

寺島しのぶは在日のオモニやね。序盤で、店内に飾られている人形がチョゴリを着ていたが、もうちょっと分かりやすく在日アピールすべきだったかもしれない。家族という血のつながりそのものの関係よりも強い関係が、たとえば外国人とも結べるのだというサブプロット的なものが欲しかった。日本社会の底辺あるいは周辺に生きる者たちの連帯=疑似家族関係が描かれていれば、成長した翼が率いる半グレ軍団の結束などにも説得力が生まれたかもしれない。

 

総評

現代日本において血のつながり以外で家族的な関係を生じさせるものというと、職人の世界が思い浮かぶ。寿司職人や大工、お笑い芸人や噺家の世界には親方や兄貴分が存在する。もう一つは政治の世界か。派閥の論理でポストが決まり、国民ではなくお友達だけを優遇厚遇する政治家連中は今でも派閥の領袖を「親父さん」などと呼んでいる。家族と言う閉じられた関係性は美しいものであると同時に「反社会的」にもなりうるというアンチテーゼまで、見えてくる気がする。非常に優れたヒューマンドラマであり、社会的なメッセージも内包した傑作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

start over

「やり直す」、「もう一度最初から始める」の意味。劇中で舘ひろし綾野剛に「お前はやり直せる」と言葉をかけるシーンがある。その私訳は“You can start over.”となるだろうか。

 

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『 名も無き世界のエンドロール 』 -伏線の張り方はフェア-

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名も無き世界のエンドロール 60点
2021年1月30日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:岩田剛典 新田真剣佑 山田杏奈 中村アン
監督:佐藤祐市

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“ラスト20分の衝撃”のような刺激的な惹句に興味を抱くと同時に警戒心も抱いた。“62分後の衝撃”の『 ピンクとグレー 』が個人的にはイマイチだったし、岩田主演つながりで言えば『 去年の冬、きみと別れ 』のトリックというか構成を見破ったJovianなのである。本作についても「楽しみたい」4と「見破りたい」6で臨んだ。割と早い段階でプロットの裏側は読めたが、それでも物語そのものはそれなりに楽しむことができた。

 

あらすじ

友達思いのキダ(岩田剛典)とドッキリ仕掛けが大好きなマコト(新田真剣佑)は幼馴染にして親友。二人は同じ板金塗装屋に勤めていた。ある日、高級車を破損させた謎めいた美女リサ(中村アン)と出会ったマコトは、リサに釣り合う男になるために、板金塗装屋を辞めていった。キダも勤め先を辞め、裏社会で「交渉人」として頭角を現すようになった。二人は再会し、ある計画を実行に移すことになり・・・

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ポジティブ・サイド

岩田剛典といえば芝居がかった芝居をする役者だったが、本作ではその外連味が良い方向に作用していたように思う。それもこれも、全てはある目的のための周到な準備とその遂行過程だからだ。そのため「芝居をしているという芝居」をしている岩田が、上手くプロットにハマった。同じことはマコトを演じる新田真剣佑にも当てはまる。演技をしているのではなく、「演技をしているという演技」をしている。佐藤祐市監督の演出だとすれば、それは成功を収めている。

 

プロポーズ大作戦の標的である中村アン演じるリサの存在感もなかなかのものだ。有力な国会議員の娘というポジションが似合っている。魔性の女的な魅力を備え、なおかつ高圧的で下々の者を見下ろすかのような特権階級意識があふれる女である。本作を鑑賞する諸兄は、マコトになったつもりでリサを追いかけてみよう。リサを自分のものにしたい。自分だけのものにしたい。そうした気持ちになれるかどうか。なれるとしたら、その思いの強さはどこから生まれるのか。何故それだけの想いの強さを持続できるのか。そのあたりをよくよく考えてみれば、案外あっさりと真相にたどり着けるかもしれない。

 

本作は過去シーンと現在シーンを交互に丁寧に描写する。その際に必ず画面が暗転するので、観る側としては状況を常に整理して追いかけやすい。なおかつ、過去には存在して現在には存在しない人物。印象に残る行動の習慣。随所に挿入される意味ありげなショット。というか、大いに意味があるショットか。これらを丁寧に消化し、キダとマコトに自身を重ね合わせて見れば、答えはおのずと見えてくる。伏線があからさますぎず、かといって些細でもない。ちょうど良い塩梅である。ある意味で非常に現代的・現実的な手法で展開されるストーリーなので、ミステリ初心者にちょうど良い作品と言えるかもしれない。

 

クライマックスの撮影ロケ地はJovianが教えている大学の目と鼻の先である。『 ハルカの陶 』でも強く感じたが、自分の良く知る景色が映画に出てくると不思議と良い気分になる。ここだけで5点オマケしておく。

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ネガティブ・サイド

やっぱり「ラスト20分の衝撃」という惹句はアカンでしょ・・・。これだとミステリ愛好家、または鍛えの入った映画ファンに対する挑戦のように聞こえる。その割に、話の作りは素直で、伏線の張り方も真っ当だ。これで驚くのは中学生ぐらいだろうか。

 

戸籍の買い取りおよび乗っ取りの部分にはリアリティが感じられたが、劇中で語られるような印象的なエピソード持ちの名前や経歴を使うのは、普通に考えてかなりリスキーだと思うが。会社経営者に華麗に転身するところでもそうだが、国会議員の娘とお近づきになるのであれば、相当の身辺調査を覚悟しなければならないだろう。

 

伏線以外の部分にかなり意味不明なパートがある。「さびしい」と「さみしい」の感覚の違いは、本当の家族と疑似的な家族との距離感の違いから生まれるのかなと勝手に好意的に解釈してみたが、キダの言う「ファミレスのナポリタンが好き」という台詞には何の裏付けもなかった。ほんの一瞬でも、裏社会に生きるようになったキダがファミレスでナポリタンを注文する、それをどこか感慨にふけりながら食べるようなシーンがあれば、物語もキャラクターもぐっと深みが増したと思われる。

 

交渉人としてのキダを柄本明は褒めていたが、あれでは裏社会でのし上がれないだろう。「リサと別れろ」と言ってしまっては、その交渉(と見せかけた脅し)の後にリサに近付く男の差し金であることがばれてしまう。相手に尻尾を掴ませないためには「女がいるなら別れろ、仕事も明日から一週間休め、ひと月以内にこの家からも引っ越せ」という具合に複数の具体的な要求を伝えるべきと思う。「本当のことを言う」というキダの習性を柄本演じる貿易会社の親玉は褒めていて、Jovianはこれを皮肉と受け止めたのだが・・・。

 

総評

ミステリ映画の入門編である。デートムービーにもちょうど良いかもしれない。つまりはライトなファン向けである。『 オールド・ボーイ 』や『 親切なクムジャさん 』といった系列のストーリーが好きな人なら、本作もそれなりに楽しめるはず。そうそう、ポートアイランドに縁のある神戸市民にもお勧めをしておきたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

negotiator

「交渉人」の意。ネゴシエーションは日本語にも定着している語彙だが、その語源・由来を知る人は少ないのではないか。otiumという「余暇」や「平和」を意味するラテン語の単語にneg = 無い(negativeやneglectの接頭辞)という意味がくっついたものである。つまり、交渉事というのは時間を要するもので、余暇が奪われてしまうような活動だとローマ人たちは考えていたのだろう。形態素や語源からボキャビルにアプローチするのも一興である。

 

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