Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 デューン 砂の惑星 PART2 』 -チャニがあまりにも可哀そう-

デューン 砂の惑星 PART2 65点
2024年3月24日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ティモシー・シャラメ ゼンデイヤ
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

 

DUNE デューン 砂の惑星 』の続編。大学開講前の超絶繁忙期なので簡易レビュー。

あらすじ

ポール・アトレイデス(ティモシー・シャラメ)は、砂漠の民フレメンの助力を得て、ハルコンネン家に反撃を開始していく。チャニ(ゼンデイヤ)と心を通わせつつも、フレメンの預言にある救世主として振る舞う中で、チャニとの距離は離れていく。そこにハルコンネン家から最強の刺客、フェイド=ラウサが送り込まれ・・・

 

ポジティブ・サイド

前作からのラバーンがどう見てもプロレスラーのパティスタのイメージ通りの脳筋男で、個人的には「うーむ」だったが、今作ではオースティン・バトラー演じるフェイド=ラウサがヴィランとしては良い感じ。超文明を誇る世界観の中で決闘に応じる高貴さと雄々しさ、そして何よりも狂気が感じられて素晴らしい。悪役が輝かないと、主役が輝けない。本作のMVPはフェイド=ラウサで決まり。

 

すべてを失ったポールが、チャニと接近して、しかし逆にすべてを手に入れていく過程でチャニと離れていく。チャニの切なさが言葉ではなく表情やしぐさで痛いほどに伝わってくる。ポリコレ的にはアレだが、男社会で上り詰めていく男を、女は距離をとって眺めるしかないのか。『 グレイテスト・ショーマン 』でもそうだったが、ゼンデイヤはこういう役がよく似合う。

 

ネガティブ・サイド

映像に既視感ありあり。フレメンの居住区などは『 ブレードランナー2049 』とそっくり。宇宙船も『 メッセージ 』を髣髴させるばかり。

 

BGMも、これまた良くも悪くもハンス・ジマーという感じ。

 

ゴジラ‐1.0 』で冒頭5分でゴジラが出てきたように、今作も開始5分で巨大サンドワームを出してほしかった。

 

総評

良くも悪くもヴィルヌーヴの作品という感じ。つまり映像美は文句なし。ただ観る側が慣れてきた感があるのは否めない。ただ野望に燃える男と、そんな男から離れていかざるを得ない女というドラマは、陳腐ながらも非常に楽しめた。三作目はいつ公開だろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

None of your business

チャニのセリフだったかな。直訳すれば「あなたの仕事では全くない」だが、実際の意味は「お前の知ったこっちゃない」ぐらいか。割と強めの表現なので言い方と、これを言う相手との関係性には注意のこと。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 梟ーフクロウー 』
『 12日の殺人 』
続・夕陽のガンマン 地獄の決斗

 

現在、【英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー】に徐々に引っ越し中です。こちらのサイトの更新をストップすることは当面はありません。

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『 ゴールド・ボーイ 』 -韓国でリメイク希望-

ゴールド・ボーイ 60点
2024年3月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:羽村仁成 岡田将生
監督:金子修介

 

ガメラ 大怪獣空中決戦 』、『 ガメラ2 レギオン襲来 』、『 ガメラ3 邪神<イリス>覚醒 』の三部作で名高い金子監督の作品ということでチケット購入。ゴールド・ボーイというのは金子監督の謂いかと思ったが、そうではなかった。

あらすじ

大企業の会長の入り婿である東昇(岡田将生)は、義理の両親の転落事故に偽装して殺害する。しかし、偶然にも安室朝陽(羽村仁成)ら3人の少年少女がその凶行を動画に捉えていた。3人は東を脅迫して、大金をせしめようとするが・・・

 

以下、マイナーなネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

悪 vs 悪という構図は『 最後まで行く 』のように、それ自体はそこまでユニークではない。大人と子どもの対立の構図も『 ぼくらの七日間戦争 』以来のお馴染みのテーマ。ただ、悪 vs 悪の片方を未成年にして、その心の闇を徐々に浮彫にしていくという筋立てはなかなかにユニーク。

 

なにげなくカメラを使っていたら、映ってはいけないものが映ってしまったというのは現代的。不謹慎かもしれないが、本作を鑑賞して天橋立の転落事故(事件と言うべきか?)を思い起こした人も多いことと思う。至る所にカメラがある。あるいは誰もがカメラを持っているという時代であることが冒頭で強く示唆される。この伏線が終盤に効いてくる。

 

舞台が沖縄というのも興味深い。中盤に「どうやってそのアイテムを入手した?」と思わされるシーンがあるが、ここは沖縄。ごくまれに挿入される軍用機の飛行シーンが観る側の想像を膨らませる。

 

未成年3人組が13~14歳という設定も絶妙であると感じた。『 カランコエの花 』の中川監督は、大人は嘘をつく、子どもは嘘をつかないと喝破したが、本作の主人公の朝陽はこの意味ではまったく子どもではない。そこが上手いと感じた。『 終末の探偵 』でもそうだったが、子どもは時に大人の予想を良い意味でも悪い意味でも軽々と超えてくる。さて、本作の子どもは前者なのか、後者なのか。それは実際に鑑賞の上、確認をされたし。

 

ネガティブ・サイド

ストーリー全体のテンポに文句はないが、細部のリアリティがめちゃくちゃである。突っ込みだすときりがないが、特に気になった点だけ挙げれば、まずは浩のカツアゲ。あんなもん、普通は速攻で補導される。高校生が交番に駆け込んだら、おそらくその日のうちに捕まるはず。

 

次に自傷行為。しっかりした監察医が沖縄にいるのかどうかはさておき、警察官もとあるキャラの腕の傷の方向や深さ、犯人と思われる人物の身長や利き手などから、すぐに疑問を抱くに違いない。韓国映画の警察ではないのだから、ここでは明晰とされるそのキャラの頭脳をもっと駆使してほしかった。

 

もう一つはとある死体について。犯行から発見まで1か月半ほど経過していて、あんなにキレイなままでいるか?それ以上に顔がおかしい。なんで無傷?

岡田将生は演技が過剰。羽村仁成は不気味さが不足。金子監督は怪獣は巧みに演出できても、サイコパスは演出できないのだろうか。

 

総評

日本でもだんだんと社会の闇に迫る映画が作られるようになってきたのは好ましい傾向。ただし、本作に関して言えば残念な点も多い。原作は中国のドラマということだが、韓国でもリメイクしてくれないだろうか。彼の国ならもっとバイオレントで、もっとサイコな展開がてんこもりの物語に仕上げてくれそう。某サイトで星4つだが、実際は星3.2といったところだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

chew up the scenery

大げさに演じる、過剰に演技するの意。日常会話で使うかどうかは、その人が芝居や映画、ドラマの話をどれだけするのかによる。使い方としては I love how Nicholas Cage chewed up the scenery in this film. のような感じ。決して岡田将生の演技がニコラス・ケイジのようだと言っているわけではない。念のため。

 

次に劇場鑑賞したい映画

デューン 砂の惑星 PART2 』
『 梟ーフクロウー 』
『 12日の殺人 』

 

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『 ソウルメイト 』 -リメイク大成功-

ソウルメイト 85点
2024年3月10日 Tジョイ梅田にて鑑賞
出演:キム・ダミ チョン・ソニ ピョン・ウソク
監督:ミン・ヨングン

 

中国映画『 ソウルメイト 七月と安生 』の韓国リメイク。なまなかにリメイクするだけになってしまうのでは・・・という懸念を吹っ飛ばす大傑作に仕上がっている。

あらすじ

少し内気なハウン(チョン・ソニ)は自由なミソ(キム・ダミ)と出会い、やがて二人は無二の親友になっていく。しかし、ハウンがジヌ(ピョン・ウソク)と付き合い始めたことで二人の関係に少しずつ変化が生じて・・・

ポジティブ・サイド

オリジナルが傑作だったので、リメイクしても質が低下するだけでは・・・。鑑賞前はそう感じていたが、とんでもない。残すべきところは残し、変えるべきところは変える。傑作が大傑作に生まれ変わった。

 

話の大筋は原作と同じ。ただし、大きな変更もある。原作では七月と安生の二人の友情がネット小説によって表現されていたが、本作では小説を絵画に置き換えた。これによって本作はいきなりミソの巨大な肖像画を見せられることになる。つまり二人の友情、その産物が一気に可視化される。原作では文字だったものが、その後の映像によって雄弁に語られたが、本作ではそれを一気にビジュアル化した。正直なところ「いきなりこんなもの見せて大丈夫か?壮絶なネタバレでは?」と怪訝にすら感じたが、これは完全に杞憂だった。というか、小説を絵画にすることで、終盤のドラマがこれほど泣けるものになるとは・・・

 

キム・ダミはチョウ・ドンユイに勝るとも劣らぬ演技でミソを好演。子役もどこで探し出してきたのか、キム・ダミにそっくり。それにしても高校生から20代後半ぐらいまでを全く違和感なく演じ分けるキム・ダミやチョン・ソニの演技力の高さよ。もちろんそれを演出するミン・ヨングン監督の手腕もあるのだろうが、日本で本作をリメイクできるだろうか。ミソが河合優実で、ハウンが南沙良?監督は今泉力哉または三宅唱とか?

 

閑話休題。オリジナルでは七月はいつもボーイフレンドの自転車に二人乗りしていたが、今作のハウンはいつもミソの原付の後ろに乗っている。この違いは大きいと感じた。特に中盤のとある大きな出来事の後、いつも二人一緒だったミソとハウンだったはずが、ミソはハウンとジヌをある意味置き去りにして先に帰ってしまう。これがその後の二人の関係性を何よりも雄弁に物語っていた。

 

その後、済州島を出ることになったミソと済州島に残ることになったハウン。オリジナルを忠実になぞりつつも、わずかな脚色を施している。印象的なのはミソという名前が漢字では微笑となるところ。常に明るく笑顔をたたえていたミソが、思わぬタトゥーを彫っていたり、あるいは一人暮らししていたアパートの壁にほんのちょっとした落書きをしていたり。本人が語らずとも、それらがミソの心情を見事に代弁していた。物語るオリジナルから、シネマティックなリメイクへ。この脚本家、相当な手練れ。

 

その後、再会を祝した二人だったが、離れて過ごした間に際立つようになってしまった考え方や行動様式から仲違いへ。このあたりも原作に忠実ながら、しかし巧みに換骨奪胎している。それでも離れられない二人。原作でも光と影の関係に言及されていたと記憶しているが、ある時から常に自分の先へと歩いていくミソに対し、ハウンはついに自分でも別世界へ飛び出していく。今まで影だった自分が、今度はミソを影にしてしまう。

 

ここで二人が小さな頃から対照的な絵を描いてきたことが大いなる伏線となって活きてくる。抽象的な絵を描くミソと極めて写実的な絵を描くハウン。この二人の絵が交わる瞬間のドラマに涙を流さずにはいられようか。絵を描くということが、これほどの深い愛情表現になるのか。絵を描くという行為が、これほど深い対象理解につながるのか。そして絵を描くということが、これほど自分の心の中を映し出すものなのか。冒頭で大写しされるミソの肖像画が、まったく違った意味を帯びて迫ってくる最終盤の展開に涙が止まらなかった。間違いなく2024年のベストである。

 

ネガティブ・サイド

あのケーキは一体どこから出てきたのだろうか。

 

原作では「ダサい下着」を思いっきりカメラに映し出していたが、本作はそこを回避。うーむ・・・

 

総評

ミン・ヨングン監督の情報がほとんど見当たらないのだが、いったい何者なのだろう。日本では漫画のドラマ化の問題点が浮き彫りになって久しいが、原作を脚色するなら原作を超えなければ意味がない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバラマ

使ってはいけない韓国語の一つ。意味はクソ野郎。劇場の照明点灯後のJovian妻の第一声は「ジヌはクソ野郎やな」だった。クソ野郎=シバラマである。この言葉が実際にどのように使われるのかを知るには『 息もできない 』を鑑賞のこと。

 

次に劇場鑑賞したい映画

デューン 砂の惑星 PART2 』
『 梟ーフクロウー 』
『 12日の殺人 』

 

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『 マリの話 』 -Boys be romanticists-

マリの話 75点
2024年3月9日 シネ・ヌーヴォにて鑑賞
出演:成田結美 ピエール瀧 松田弘
監督:高野徹

アソシエイト・プロデューサーの一人が大学の卒論ゼミの仲間という本作。その同級生は『 Bird Woman 』にもエキストラで出演していたりする。彼女から鑑賞を依頼されチケット購入。

 

あらすじ

映画監督の杉田(ピエール瀧)は夢の中で理想の女性に出会う。ある夜、自分の夢の中の女性が目の前に現れた。意を決した杉田はその女性マリ(成田結美)に自身の映画への出演を依頼するが・・・

以下、マイナーなネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

本作は上映時間60分という異色のオムニバス構成。そのエピソードの一つ一つが絶妙なバランスで結びついている。上映後の監督あいさつで最初に第4章を独立した一つの作品として仕上げたものの、それだけでは背景が不足するということから、残りの1~3章を作り上げたとのこと。

 

第1章「夢の中の人」ではスランプの映画監督が、夢に見た理想の女優が目の前に現れたところから始まる。監督と女優という距離感が徐々に男と女のそれへと縮まっていくペースが絶妙。高野監督自身「ホン・サンスはかなり意識した」と言っていた通りに、インテリ男が酒の席で美女を口説くシーンはまさにホン・サンス調。ピエール瀧が仕事に行き詰った中年男性のパトスを見事に表現していた。

 

第2章「女優を辞める日」では、女優として活動し始めたマリが監督と本格的な男女の仲になっていく過程が描かれる。といっても生々しいシーンなどはなく、ロマンチックなシーンは海辺のキスぐらい。この章で上手いなと感じたのは、夢か現か幻かを判然とさせない描き方。冴えない中年オヤジが妙齢の美女とベッドインできるか?これもまた夢なのでは?と観る側に思わせるところ。

 

第3章「猫のダンス」はかなり異色。フミコという老女がいなくなった猫を探しているところに、通りかかったマリが手助けをするというもの。そこからいつしか二人は互いの心情を赤裸々に語り始める。この章のラストで描かれるマリとフミコの触れ合いは、まさに二匹の猫のじゃれあい。言葉よりも雄弁に心情を物語る名シーンだった。

 

第4章「マリの映画」は、マリ自身が作成した短編映画。これがマリから杉田への一種のビデオレターになっている。フランスの森で詩を交えて語り合う恋人たち。即物的あるいは身体的にしか女性とつながれない男に比べて、想像力の翼をはためかせる女性という構図のコントラストが映える。

 

上映終了後に監督に「映画監督は、キャラクターを先に考えるのか、それともストーリーを先に考えるのか」と質問させてもらったところ、『今作は第4章から先に作って、そこから残りの章を作った。キャラクターから先に作るかどうかは作家による』という趣旨の答えだった。その後、高野監督のインタビュー記事を見つけたので読んでみると、しっかり「夢の中の人」から構想してるやんけ(笑)と思ってしまった。

 

ロングのワンカットが非常に多く、役者だけではなく録音や撮影のスタッフも相当に監督のわがままに振り回されただろうが、それでもこれだけのクオリティのものが出来上がったのなら納得するだろう。ヨーロッパ風のテイストを前面に出しながら、韓国風でもありつつ。しっかりと日本映画にもなっている。

ネガティブ・サイド

ぶっちゃけキスシーンがイマイチだった。Jovianは『 ロッキー 』で、ロッキーがエイドリアンを自宅に招き入れた時に玄関でするキスのシーンと、『 スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲 』で、ミレニアムファルコン修理時のハン・ソロとレイアのキスシーンが all time best だと思っている。そこまでのインパクトは求めないが、杉田とマリのキスも、もう少しロマンチックにできなかっただろうか。

 

総評

本作を鑑賞してつくづく感じたのは「映画とは自分の美意識」という『 カランコエの花 』の中川駿監督の言葉は本当なのだなということ。高野監督のロマンス観が見事に開陳されている。コンテンツとフォームの両面で非常に上質なので、関西周辺の方は是非シネ・ヌーヴォまでご足労を。TOHOシネマズのような大手はこういう映画こそ一日一回で良いので上映してほしい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

imagination

英語とつづりは同じだが、フランス語の発音はイマジナスィオンに近い。想像力は創造の基本。映画を観て、脚本家や監督がどこからどのように inspiration = アンスピラスィオンを得たのか考察するのも面白いはず。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ソウルメイト 』
デューン 砂の惑星 PART2 』
『 梟ーフクロウー 』

 

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『 落下の解剖学 』 -真実を知るは犬のみ-

落下の解剖学 70点
2024年3月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ザンドラ・ヒュラー ミロ・マシャド・グラネール スワン・アルロー
監督:ジュスティーヌ・トリエ

 

『 ある閉ざされた雪の山荘で 』は地雷臭がプンプンしていたが、こちらは面白そうだと思ったのでチケット購入。実際にかなり面白かった。

あらすじ

雪山の山荘で視覚障がいを持つダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)は転落死した父親を発見。当初は事故死かと思われたが、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻である作家サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)に疑いがかけられて・・・

 

ポジティブ・サイド

少ない登場人物でミステリーやサスペンスを生み出すのはカトリーヌ・アルレーやボワロー=ナルスジャックが得意としたところでフランス小説のお家芸。そうしたエッセンスは本作にも見られる。

 

注目すべきキャラは息子ダニエル、母サンドラ、弁護士のヴァンサン、検事、そして犬のスヌープ。これだけ。法廷以外のパートで夫の死の真相を暗示するようなシーンなどは見当たらなかったので、本作はミステリーではなくドラマとして見るべきだろう。それも上質な法廷ドラマで、その法廷の弁論の中で、夫婦の確執が次々に明らかになっていく。

 

この二人、元々は国際結婚。ドイツ人妻とフランス人の夫が英語でコミュニケーションを取っているが、そこで交わされる会話から、夫と妻のそれぞれが抱えていたストレスが露になっていく。Jovianは正直、夫にかなり感情移入したが、Jovian妻は終始妻サンドラ側に立って見ていたとのこと。何を言ってもネタバレになるのでこれ以上は書けないが、法廷で録音が再生されるシーンがめちゃくちゃ面白いということだけは強調しておきたい。

 

もう一つ本作で注目すべきは犬。犬にここまでの演技ができるとは驚異的の一語に尽きる。特にとあるシーンで臥せったスヌープがいわくありげな上目遣いをするシーンには震えた。『 落下の解剖学 』というタイトルの落下は、第一義的には夫の転落を指すのだろうが、上から下に落ちたものはそれだけなのか。今は上にあって、これから下に落ちることになるものは何であるのか。そうした視点で本作を鑑賞してみてほしい。

 

解剖学というタイトルの言葉通り、人間、就中、夫婦の内面に鋭くメスを入れる秀作である。それ以上に、事実は一つ、真実は複数。では、それらの真実の中から自分はどれを選ぶのか。ある意味で本作は究極のビルドゥングスロマンとも見なしうるのかもしれない。

 

ネガティブ・サイド

序盤が少々退屈。もちろん夫のDIYや妻のインタビューなど、どれも必要なシーンなのだが、ここをもう少し速いテンポで映し出してほしかった。

 

検事が妻の小説のプロットを持ち出して、殺意の証拠にしようとしたのにはさすがにドン引きした。検察を悪に描こうという意図でもあったのだろうか。悪ではなく暗愚というか

 

総評

法廷ものとファミリードラマのハイレベルの融合。日本社会は、特にネット空間で顕著だが、「疑わしきは罰せず」という原則を忘れているように思う。疑わしい=疑われる方が悪いという理屈で、誹謗中傷が行われるのはいかがなものか。本作はある意味で観る者の法感覚を測る格好の題材であると言えるかもしれない。ぜひ夫婦で鑑賞をどうぞ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

One for the road

劇中では One more for the road. という使われ方をしていた。松本孝弘の楽曲に ONE FOR THE ROADがある。意味は「場を離れる前の最後の一杯」の意。Jovianのオールタイムベストの小説『 星を継ぐもの 』に下のような描写がある。参考にされたし。

Hunt took a cigarette from his case and lit it. "You know," he said at last, blowing a stream of smoke slowly toward the glass wall of the dome, "it's going to be a long voyage to Jupiter. We could get a drink down below—one for the road, as it were."

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ソウルメイト 』
『 マリの話 』
デューン 砂の惑星 PART2 』

 

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『 夜明けのすべて 』 -人は生きた星-

夜明けのすべて 80点
2024年3月2日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:上白石萌音 松村北斗 芋生悠
監督:三宅唱

 

ケイコ 目を澄ませて 』を三宅唱監督の作品ということでチケット購入。国内作品の年間ベスト候補と言ってよい出来栄えであった。

あらすじ

PMSのせいで感情が不安定になってしまう藤沢(上白石萌音)は、上司への反発や薬の副作用から来る居眠りのため会社を退職する。転職先の栗田科学でも同僚の山添(松村北斗)の無気力な勤務態度に怒りを爆発させてしまうが、彼もパニック障害のため生き辛さを抱えていて・・・

 

ポジティブ・サイド

大昔、看護学校PMSについて習った記憶がある。なぜなら「私、PMSかも」と言い出す女子が大勢いたから。程度の差こそあれ、エストロゲンやらの各種ホルモンのストームが起きれば、それは肉体にも精神にも多大な影響を及ぼす。人類の半分は女性で、女性の10代から50代ぐらいは、誰でもPMS予備軍と言って差し支えない。これを単なる女性特有のイライラやヒステリーで片づけず、れっきとした病気であると真正面から描いた作品は今作が初めてではないだろうか。劇中のモノローグでもあった通り、診断名がつくことでホッとする人も多いはず。

 

同様のことはパニック障害にも当てはまる。Jovianの仕事の大部分は大学等で教える非常勤講師の指導で、間接的にではあるが、毎年のべ数万人(実数だと約12000人)の高校生や大学生に関わっている。近年圧倒的に多いのは、LD、ADHD鬱病双極性障害パニック障害だと感じる。開講直前、あるいは開講直後から3週間ぐらいの間に学校から要配慮申請が届く。パニック障害は一位ではないが、おそらく心理・精神面での配慮だと3位か4位ぐらい。数にすると毎年10人ぐらいだろうか。なので合理的配慮を要すると学校が判断するレベルのパニック障害は10数人に一人。おそらく配慮は必要としないレベルのパニック障害は百数十人に一人ほどの割合で存在すると考えられる。つまり、それほど珍しい病気ではない。

 

主演の二人の自然体の演技は見事だった。同病相憐れむではないが、お互い病気持ちであることを知った藤沢さんのエールを即座に否定する山添君のナチュラルな無礼さ。そして藤沢さんに不用意に髪をバッサリ切られた時の邪気のない反応。このコントラストに、我々は知らず知らずのうちに山添君をパニック障害というフィルターで見ていたことに気付かされる。

 

本作は光と影の使い方が非常に巧みで印象的。栗田科学のオフィス内、街中で自転車に乗る山添君、そして移動式プラネタリウムの中など、人物の心理的な状態が視覚的に表現されている。といっても明るい=明るい精神状態、暗い=暗い精神状態では決してない。むしろ、タイトルの通りに夜明け前の暗さにこそ希望が宿っていることを示してくれていたように感じる。

 

本作に登場する人物は、誰もが目に見えない傷を抱えている、栗田科学の社長然り、山添君の元上司然り。彼らの傷が癒されることはないのだが、しかし彼らが救われることは可能なのだ。それは直接的な救済ではない。むしろ、自分以外の誰かが救われることで自分が救われる。そうしたことを教えてくれる。藤沢さんと山添君の奇妙な関係も、そうした視点から見つめることで理解することができる。

 

本作は観る側の想像力を喚起しようとする。藤沢さんのお母さんが毛糸の手袋を編むのにどれほどの時間がかかったのか。山添君の同僚の大島さんが何故最後に「外で話したい」と言ったのか。ドキュメンタリー制作を行う中学生のダンの母親は、シングルマザーなのか否か。明確な答えは何も提示されない。我々はただ想像するのみである。それこそが本作の発したいメッセージなのではないかと思う。

 

太陽が西の空に沈むことはない。なぜなら太陽は動かず、地球こそが太陽の周りをまわっているからだ。これは厳然たる科学的事実(ただし厳密には太陽も天の川銀河内を超高速で公転しているし、その天の川銀河も超高速で移動しているのだが)。それでも我々は夜空の星々に意味を見出す。信じられないほどの距離を隔てた星々が、信じられないほどの時間をかけて地球に届けた光を見て、我々は星座を見出し、物語を生み出す。それは、どんなに離れた人間同士でも、お互いを照らし、意味ある関係を生み出せるという希望に他ならない。夜だからこそ見える光があるのだ。

 

ネガティブ・サイド

物語冒頭のモノローグの多用はいただけない。藤沢さんというキャラクターの苦悩を、それこそ回想シーンを通じて想像させるべきで、これを真正面から語ってしまったのは何故なのか。

 

個人的には芋生悠の出番がもう少し欲しかったかな。

 

総評

人間の弱さや儚さを映し出すことで、逆説的に人間の強さや優しさを教えてくれる作品。演技・演出、撮影、照明、音楽・音響のすべてがハイレベル。原作小説をかなりアレンジしているそうだが、発しようとするメッセージは同じなはず。他者に向けるまなざしをほんの少し優しくしようと思えた。2024年度のベスト候補の最右翼。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Polaris

北極星の意。元々は stella polaris = 極の星だったが、stellaが省略されて polaris が定着した。ここでソラリスを思い浮かべた人はラテン語の知識またはセンスがある人。これも sol =太陽に、形容詞化の接尾辞 aris がくっついたもの。ただ日常会話では圧倒的に the North Star を使うことが多い。北極星Polaris と呼ぶのは天文学的な文脈に限られる。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ソウルメイト 』
『 落下の解剖学 』
『 マリの話 』

 

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『 ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人 』 -王朝没落前夜の宮廷悲喜劇-

ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人 75点
2024年2月25日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:マイウェン ジョニー・デップ バンジャマン・ラベルネ
監督:マイウェン

ルイ15世の公妾ジャンヌ・デュ・バリーを描く。『 ナポレオン 』でも、ジョセフィーヌという女性との関係からナポレオンを描出したが、映画の世界にも文学に続いて本格的な feminist theory による再解釈の波が到来しているのだろうか。

 

あらすじ

ジャンヌ(マイウェン)は美貌と才覚で娼婦として台頭し、ついには国王ルイ15世の公妾としてヴェルサイユ宮殿に入っていく。しかし、国王の寵愛を受けるジャンヌを快く思わぬ宮廷の勢力もおり・・・

ポジティブ・サイド

まずはプロダクションデザインが素晴らしいの一語に尽きる。というか、本作の撮影のために本物のヴェルサイユ宮殿を使ったというのだから、それは素晴らしいに決まっている。

 

キャスティングも当たり。ローティーンの可憐なジャンヌが天使と見まがうハイティーンに成長、そこからベテラン娼婦のマイウェンになった時には一瞬「アレ?」と感じたが、その熟女ジャンヌが宮廷に召し出され、公妾として宮殿に現われた時には、まさに国王最後の愛人という輝きを放っていた。メイクアップアーティストやヘアドレッサーは本当に素晴らしい仕事をしたと思う。

 

ジョニー・デップもすべてフランス語で好演。このベテラン俳優は濃い化粧の時はヒット、素に近い顔だとハズレというイメージが強いが、今作は『 ギルバート・グレイプ 』以来の当たり役・・・は流石に言い過ぎだが、『 ナポレオン 』を演じたホアキン・フェニックスと同等かそれ以上のフランス為政者としてインパクトを残した。

 

ただ、何といっても本作はルイ15世の最側近、そしてジャンヌの戦友とも言うべき羅・ボルドに尽きる。ジャンヌの教育に余念なく、宮廷内の権力闘争や権謀術数からは距離を置き、ただひたむきに王に忠実であり続ける。『 銀河英雄伝説 』のローエングラムになる前のラインハルトをルイ15世とするなら、ラ・ボルドは間違いなくキルヒアイス。この感じ、分かる人には分かるはず。

 

絢爛豪華なヴェルサイユ宮殿を舞台に少人数での濃密なドラマが繰り広げられる、あっという間の2時間。フランス史に詳しければ歴史や伝記として楽しめるし、仮に詳しくなくともロマンスやヒューマンドラマを堪能できるだろう。ぜひ劇場にて鑑賞してほしい。

 

ネガティブ・サイド

閨房の様子がまったく描かれなかったのは何故だろう。別に行為を映せと言っているのではない。王がジャンヌにどのような類の癒しを求めたのかを純粋に知りたいと感じた次第である。たとえばルイ15世がジャンヌを自分から抱きしめるのか、それともジャンヌに膝枕(フランスでもやるのかね?)をしてもらうのかで、王の抱えているストレスや苦悩が見えてくる。そういうシーンをほんの少しでいいので見たかった。

 

総評

一言、良作。歴史・伝記ジャンルの作品であるが、背景知識がなくても充分に楽しめる作りになっている。全編フランス語(一瞬だけラテン語もあるが)なので、フランスらしさを味わうなら『 ナポレオン 』よりも本作だろう。とにかく多くの人に本作を観て、そしてラ・ボルドと彼を演じたバンジャマン・ラベルネのファンになってほしい。

 

Jovian先生のワンポイント仏語レッスン

N'ayez pas peur

発音としては ネ・エ・パ・プー のような感じ。英語にすれば Don’t be afraid = 怖がらないで、である。劇中で2~3回聞こえたかな。20年ぐらい前に熱心にWWEを観ていた頃、フランス人設定のレスラーがデビュー前にCMでしきりに “N'ayez pas peur.” と言っていて、そこに字幕で Don’t be afraid. と出ていたので、それで覚えていた。あの頃はなんでも、いくらでも頭に入ったのだが・・・

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 夜明けのすべて 』
『 ソウルメイト 』
『 落下の解剖学 』

 

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