Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 ちょっと今から仕事やめてくる 』 -生きていれば何とかなる-

ちょっと今から仕事やめてくる 60点
2020年4月18日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:工藤阿須加 福士蒼汰 黒木華 吉田鋼太郎
監督:成島出

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原作小説を買って、そのまま積読にしてしまっていた。先にDVDを観てしまおうと決断。Jovianも去年、会社を辞めて転職したので、それなりの期待をもって鑑賞した。

 

あらすじ

広告代理店の営業の青山(工藤阿須加)は、ブラックな職場環境・上司によって精神的に疲弊していた。自ら線路に落ちようとしたところ、小学校の同級生の山本(福士蒼汰)に助けられる。意気投合した二人は飲みに行く。そこから青山は少しずつ明るさを取り戻し、仕事でも成果を出せるようになってきたのだが・・・

 

ポジティブ・サイド

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない 』は、最後には先輩社員も怒鳴りながらも仕事に協力してくれた。一方で、本作で職場をブラックにしているのは、先輩社員ではなく部長。そこにある力関係の差はさらに大きい。Jovianは、管理職が怒鳴るだけではブラック企業とは認定できない。Jovianの幼馴染のブラック企業の定義を引用させてもらうと、「ブラック企業とは、お客さんからではなく従業員から儲ける企業である」。つまり、休日出勤や時間外労働をさせる、罰金を取る、有給休暇を取得させない、経費を出さない&給料から差っ引く、などなどである。青山の職場はこれらが漏れなくそろっている。間違いなくブラック企業である。暴力や暴言は認められるべきでも許されれるべきでもないが、それに値するミスをやらかしてしまうことはありうる。問題はそれに対して、どのようなフォローを組織が行うのかである。その他にもPCのセキュリティがガバガバだったりと、企業研究映画としても少々興味深い作品である。

 

工藤阿須加の自然体に近い演技も悪くない。最近、韓国映画を立て続けに見ているせいか、心情がそのまま言動に出てくるストレートな演技との対比がよく見て取れた。青山の会社の社訓の一つに「心なんか捨てろ、折れる心がなければ耐えられる」というものがあった。これは洗脳に近い。無表情に虚空を見つめて立ち尽くす青山の姿には、山本ならずとも剣呑な雰囲気を感じ取ることだろう。青山の心の声に「俺、このまま壊れちゃうのかな」的なものがあったが、これは“すでに壊れている”者の声であると思ってよい。壊れてからでは手遅れである。壊れそう=壊れている、という認識で動かなければ、過労死や自殺は減らないのである。青山はブラック企業勤めのサラリーマンの悲哀をかなり上手に体現していたものと思う。

 

福士演じる山本のケアも評価できる。経済的な格差が拡がって久しいが、日本における貧困層は遥か昔から存在していた。Jovianは大学の授業の課題図書であった『 日本の下層社会 』を読んで、衝撃を受けたことを今でも覚えている。貧困の原因の多くは、家族の喪失であったり、障がいや疾病にあることを看破していたのだ。というよりも、国はそうした者たちへのセーフティネットを整備してこなかった、と言ったほうが良いのかもしれない(このことは、コロナ禍にあえぐ一般国民への支援体制をさっぱり構築できない現政府を見れば実感いただけよう)。『 ヘヴィ・ドライヴ 』にも描かれていたが、すでにこの上なく奪われた者たちから、さらに奪うようなことをしてはならないのである。その先にあるのは正の拒否しかないのだから。山本は青山を常に酒食に誘うが、これは非常に重要なことである。一つには、鬱のサインの一つに食欲減退があるということである。劇中でそのことが明示されるわけではないが、山本は明らかに青山のヘルプサインの有無にアンテナを張っている。もう一つには、関係を近づけ、コミュニケーションを円滑にするためである。『 RED  』で柄本佑夏帆に「コミュニケーション取りやすくしとくのって重要だよ?」といけしゃあしゃあと言ってのけるシーンがあるが、これは蓋し真実である。また、飲食を共にすることが実際にそのような効果を持つことは『 食べる女 』や『 風の電話 』が明らかにしている。

 

山本の生き様は、格差や分断が固定してしまった日本社会対する一つのアンチテーゼとしての意味を有している。日本語では“仕事”という言葉で一括りにされるが、例えば英語なら、job, work, task, occupationなど様々に分類されている。「アメリカの野球はプレーだが、日本の野球はワークだ」と言った助っ人プロ野球選手もいたのである。生きていくうえで何をすべきか、それはvocation = 天職を得ることだろう。Vocationとは、「声に呼ばれること」という意味である。天の声でも内なる声でもいい。そうした声に耳を傾けて行う仕事がvocationである。同義語にcallingもある。山本と青山の交流の果てにあるようなcallingを、我々も日々の生活の中で少しずつ追求していきたいものである。

 

ネガティブ・サイド

非常に良い話であるが、やはり福士蒼汰大阪弁がノイズであった。イントネーションはだいたい合っている。大阪弁を研究し、練習した跡は認められる。しかし、決定的にダメなのは、ほんのちょっとした長母音の使い方である。なんのこっちゃという方は、身近に大阪人(関西人でもよい)に「目」「歯」「手」を音読してもらおう。それぞれ「めぇ」、「はぁ」、「てぇ」となるだろう。大阪出身京都育ちのはずの黒木華が、このあたりは現場で指導してやることはできなかったのだろうか。大阪弁ネイティブではない人間に山本役を演じさせることで、山本という存在の背景情報が非常に胡散臭く感じられてしまう。そういう効果を敢えて狙う必要はない。ストーリーが展開していけば、自然にそうなるようになっているのだから。

 

Facebookの投稿の“Hello! Stage first day today.”という投稿もいただけない。英語に堪能な者にチェックを受けていないのがバレバレである。stage first dayなどというコロケーションは存在しない。おそらく機械翻訳にかけたのだろう。正しくは“Hello! It’s opening day today!”もしくは“Hello! It’s my play’s opening day today!”などとすべきである。ニューヨークで演出家というのは『 マリッジ・ストーリー 』におけるアダム・ドライバーである。英語がペラペラでなければ絶対に務まらない。ファンタジーなのは福士の山本ではなくこちらであろう。

 

原題も本当は「ちょっと今から会社やめてくる」であるべきなのだろう。会社はいくらでも辞めていいが、仕事は辞めてはいけない。青山の母もが「生きていれば何とかなる」と言ってくれていることの意味の一部には、「会社で働かなくても、仕事をすることはできる」ということも含まれているはずである。

 

山本の正体が明らかになる後半からは、ストーリーのテンポがかなり落ちる。妙なホラーテイストのシーンもちらほらあるが、それらはすべてノイズである。1時間5分ぐらいで話のトーンが大きく変わるが、それを1時間15分あたりに持ってきて、後半から終盤をもっと凝縮することができれば、カタルシスもより大きくなったかもしれない。

 

総評

軽いタイトルに重い内容である。しかし、2017年の作品であってもまったく古くないし、おそらく2025年に鑑賞しても古くならない内容だろう。現代では個の強さが求められるとビジネス誌インフルエンサーは叫ぶばかりだが、それらが指すのは結局スキルであることが多い。そうではなく、自分の心の声、あるいは天の声に耳を傾けてみようではないかというのが、本作のメッセージの一つである。大学生や20代、30代の比較的若いサラリーマンにお勧めしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

What do you do?

よく「お仕事は何ですか?」=What do you do? のように説明・解説されているいるが、厳密に言えば間違っている。What do you do? というのは文字通り「今は何をしているの?」である。小学校の同級生と10年ぶり20年ぶりに再会すれば「うわっ、久しぶり!今、なにやってんの?」と尋ねるだろう。そして答えは「今は自営業やねん」とか「実は大学院に行ってる」だったりするだろう。What do you do? は、必ずしも仕事だけを尋ねる表現ではないのである。

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