Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 ほえる犬は噛まない 』 -栴檀は双葉より芳し-

ほえる犬は噛まない 70点
2020年8月9日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ペ・ドゥナ イ・ソンジェ
監督:ポン・ジュノ

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ポン・ジュノ監督の長編デビュー作。心斎橋シネマートで一時期リバイバル上映していたが、予定が合わず観ることかなわず。本作をポン・ジュノのベストに挙げる人もいる。Jovianは『 母なる証明 』がベストだと思っているが、本作もキラリと光る秀作である。

 

あらすじ

大学の非常勤講師であるユンジュ(イ・ソンジェ)は身重の妻に養われるといううだつの上がらない男。教授のポストをめぐるレースで同僚に後れを取り、イライラしているところで、うるさくほえる犬をマンション地下のクローゼットに発作的に閉じ込めてしまう。同時にマンション管理室に勤めるヒョンナム(ペ・ドゥナ)は、とある少女と共に迷い犬を探すことになり・・・

 

ポジティブ・サイド

ポン・ジュノ映画の大きな特徴の萌芽が、すでに本作でも見られる。その一つは、地下空間である。言わずと知れた『 パラサイト 半地下の家族 』の規制家族による闘争の舞台である地下空間や、『 殺人の追憶 』で容疑者(それも障がい者)を誘導尋問(という名の拷問)にかける場所であったりする。それが本作では犬を食べようとしたり、あるいは別の誰かに犬を食べられる場所である。地下=人目に触れない空間であるが、それは同時に無法地帯であることも示している。そうした領域を積極的に映し出そうとするところに、ポン・ジュノ監督の意志が見て取れる。

 

もう一つは、覗き見る視線である。クローゼットの中から警備員が犬を調理しようとするシーンは、『 母なる証明 』で、母が息子の親友のセックスを除くシーンや、『 殺人の追憶 』の刑事が下着を見て自慰する男を覗き見たり、あるいは「柔らかい手の男」の一挙手一投足をクルマの中からジーっと覗き見る、あの視線と共通するものがある。人間の無防備な瞬間を見つめる視線には、見る側の愉悦と優越、そして「もしも自分が見られる側にまわったら・・・」という不安の種の両方が内包されている。映画という“一方的に見る媒体”を通じて、「見られる」ということを意識させる作品は少ない。どちらかというと『 The Fiction Over the Curtains 』のような実験的な作品こそがそうした手法を取るもので、商業映画でこれをやりつつ娯楽性も確保するというのは、相当な手腕の持ち主でなければできない。まさに栴檀は双葉より芳しである。

 

ストーリーも魅せる。うだつの上がらない大学非常勤講師ユンジュは、大学で教鞭を執りながらも、出世の見込みはなさそう。まるでJovianではないか(といってもJovianが某大学で教えているのは業務委託によるものだが)。ユンジュは犬の失踪および死の直接の犯人でありながら、自分で自分の妻が飼ってきた犬を探す羽目になってしまう展開が面白い。単にコメディとして面白いだけでなく、その裏にあるユンジュの妻の story arc には、既婚男性の、特に共働きは、大いなる感銘を受けることだろう。

 

マンション管理事務所のドジな経理を演じるペ・ドゥナも魅せる。『 リンダ リンダ リンダ 』の頃の小動物的な可愛らしさを見せつつも、その頃よりも更にコケティッシュである。と思ったら、『 リンダ リンダ リンダ 』は2005年制作、本作は2000年制作?OL役と女子高生役の違いはあれど、ペ・ドゥナは可愛い。これは真理である。その可愛い女子が、『 チェイサー 』のキム・ユンソク並みに追走し、『 哀しき獣 』のハ・ジョンウ並みに逃げる様は、シリアスとユーモアを同居させた稀有なシーンである。黄色のパーカーのフードを深々とかぶり、あごひもをキュッと締めたてるてる坊主のような姿が残すインパクトは強烈の一語に尽きる。逃げるユンジュの赤や、追いかけてくるホームレス男性の茶色とのコントラストが映えるのだ。

 

夫婦の在り方や友情。集合団地という無機質に思える居住空間では、人目に触れない地下や屋上や室内で、無数の人間ドラマが展開されている。そして人間ドラマは美しくもアリ醜くもある。『 ほえる犬は噛まない 』というタイトルは主人公の一人ユンジュを遠回しに指すと思われるが、ワーワーギャーギャーうるさかったユンジュが、カーテンをしめて暗転していく教室の窓の向こうを眺める視線に、韓国社会という無形の生き物に、鍋にして食べられてしまった犬の悲哀が映し出されていた。社会の暗部と個人の暗部、それを上回る人間関係の美しさが紡ぎ出された傑作である。

 

ネガティブ・サイド

ぺ・ドゥナの頬のメイクアップがやや過剰だった。特にほろ酔い加減を表現する場面では、それがノイズであるように感じられた。ペ・ドゥナほどのKorean Beautyは、生のままで鑑賞したいではないか。

 

ボイラー・キム氏の小話が少々冗長だった。これほどインパクトのある不気味で、なおかつリアルな小噺を挿入するなら、それをなんらかの形でメインのプロットに組み込む、あるいは影響を及ぼすようなストーリー展開にはできなかったか。

 

ユンジュの大学教授職を巡る一連のストーリーに時間を割きすぎているとも感じた。教授や同僚との飲みのシーンを5分削り、その分をユンジュの妻との生活(閨房という意味ではなく)や、あるいはヒョンナムとの犬探しに時間を使ってほしかった。映画全体のメインのプロットとサブのプロットのバランスが取れていなかった。犬をさらった男が犬を探す羽目に陥るところに本作の面白さがあるのだから、そこをもっと掘り下げてほしかったと思うのである。

 

総評

粗削りではあるが、ポン・ジュノらしさが十分に表現されている。『 ベイビー・ドライバー 』を観た後に『 ショーン・オブ・ザ・デッド 』を観れば、エドガー・ライト監督のらしさが分かるのと同じである。犬食に対して嫌悪感を催す向きにはお勧めしない。しかし、鯨食をぎゃあぎゃあ外野に言われるのがうるさいと感じる人なら、本作の持つユーモアを楽しめることだろう。もちろん、ペ・ドゥナならば必見である。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ペゴパ

トガニ 幼き瞳の告白 』でも紹介したフレーズ。意味は「おなか減った」である。どことなく「腹ペコ」と語感が似ているので、覚えやすいだろう。

 

 

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