Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 記憶の技法 』 -ミステリ要素が弱い-

記憶の技法 55点
2020年12月2日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:石井杏奈 栗原吾郎
監督:池田千尋

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タイトルだけでチケット購入。販促物を見ても「ドンデン返し」や「衝撃の展開」などという惹句は見当たらない。こういう作品にこそドンデン返しや衝撃の展開が潜んでいるはずと期待して劇場に向かったが、期待は裏切られた。プロモーションとはかくも難しい。

 

あらすじ

華蓮(石井杏奈)は幼少時の謎の記憶のビジョンを見ることがあった。修学旅行で韓国に行くことになった華蓮は戸籍謄本から自身に姉がいて、さらに自分は養子だったことを知る。自分の出自や記憶の謎を探るため、華蓮は修学旅行をキャンセルし、同級生の怜(栗原吾郎)の強力の元、福岡へ向かうが・・・

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ポジティブ・サイド

なかなか現代風なテーマを孕んでいる。移民大国となった日本の学校には、いわゆるハーフ(今後はダブルやミックスという呼称が一般的になるだろう)の子ども達がたくさんいる。同時に『 朝が来る 』絵にがかれたような養子もますます市民権を得ていくことだろう。そうした子ども達が大きくなる過程で自身のアイデンティティを問うことになるのはとても自然なことだ。両親はひそひそ話しているのを偶然にも聞いてしまい・・・というテレビドラマ的展開ではなかったところは評価したい。

 

劇中では明示されないが、華蓮のお供をすることになる怜も、おそらく祖父母あたりがミックスで、自身にたまたま劣性遺伝の青い瞳が発現したのではないか。裕福な家の出であらながら cast out されていることが暗示されている。怜が華蓮の旅に同行することによって、観る側はある種の「連帯感」を与えられる。安易なロマンスの予感を漂わせないところも良い。

 

怜の機転の良さやさりげない配慮が随所にあり、頼りない華蓮を支えるという演出が随所に光る。福岡の郊外で断片的な記憶のその先を思い出すシーンは非常にリアルだった。Jovian自身もハネムーンで訪れたカナダのホテルが、10代の時に宿泊したホテルと同じだと気づいた瞬間の脳内の奇妙な時間の流れ方をよく覚えている。その時は、ホテルのロビーの動物のオブジェを見て思い出したのだが、まさにこのオブジェが劇中で言うところの「検索ワード」だったのだろう。

 

華蓮の記憶のビジョンに映る女の子、そして最初からその存在が明示されていたもう一人の人物の造形も巧みだ。ちょっと老け過ぎだろうとは思うが、その影のある生き方には大いに説得力がある。またも卑近な例になるが、Jovianの備前市時代の同級生も、父親が犯した犯罪のせいで残された家族は逃げるように岡山を去った。しかし、その息子は岡山に帰ってきているのである。記憶、過去、出自。自分にとってあやふやなものであっても、確実に存在するそのようなものに、我々は翻弄されて生きている。けれど、そうした曖昧模糊としたものが確固たる意味を持つ時、人は強くなれるし、希望を抱いて前に進んでいける。本作からはそうしたことを感じ取ることができた。

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ネガティブ・サイド

色々なキャラクターの一貫性がないと感じられた。主人公の華蓮も、新宿の夜の街に制服姿で行くことができる、というよりも未成年お断りのバーを何軒も渡り歩く度胸があるのなら、両親にじっくり話を聞いてみるべきではないのか。警察に補導されることを全く恐れていないのなら、もう一歩踏み込んで両親に尋ねてみるべきではなかったか。自分で役所に行けるなら、新宿駅のINFORMATIONなどに足を運べば、どこで新幹線のチケットが取れて、どこで高速バスのチケットが取れて、宿の手配はどこそこの旅行代理店が・・・と親切に教えてくれるだろう。というか、スマホを持っていないのか、それとも極度の箱入り娘なのか。華蓮の積極性と消極性のアンバランスさが物語のリアリティを損なっている。

 

東京―福岡―釜山の記憶を巡る旅・・・というのは羊頭狗肉であった。というか、釜山は記憶に関係ないやろ・・・。非常にローカルな事件と見せかけたその裏に国際的なスケールの犯罪が・・・と深読みした自分が愚かだったと思うことにしよう。

 

旅の中でもう一人の主人公であるべき怜の因果が掘り下げられなかったのも残念だった。自分の家族が自分の本当の家族ではないという華蓮に、同病相憐れむ形で協力することになるのだが、何か一言、その複雑な胸中を吐露するシーンがあってほしかった。「修学旅行よりも、こっちの方が面白そう」だけではなく「一人でいるより皆といる方が独りだ」みたいなセリフがあれば、華蓮の旅について行き、あれこれと助けてくれることの理由の説明としては十分だったはずだ。

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総評

非常に静かな立ち上がりそのままに、ラストまで静謐な雰囲気を維持したまま収束していく。けれども、登場人物の内面は大きく変化している。日本的かつ現代調のビルドゥングスロマンとしては及第点であろう。しかし、ミステリ部分の演出が貧弱で、謎解きの感覚は味わえない。華蓮と怜の真相探しの旅にもっとミステリ要素があれば、ドラマも盛りあがったのではないか。

 

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