Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 新聞記者 』 -硬骨のジャーナリズムを描く異色作-

新聞記者 75点
2019年6月30日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:シム・ウンギョン 松坂桃李
監督:藤井道人

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映画大国のアメリカでは『 JFK 』を始め、政治の腐敗を鋭く抉る作品が数多く生産されてきた。近年でも『 バイス 』、『 記者たち衝撃と畏怖の真実 』、『 華氏119 』、『 ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 』などが製作、公開されてきた。翻って日本はどうか。『 主戦場 』が話題を呼び、そして本作である。日本の映画界も、遂に物申すことができるうようになってきた。

 

あらすじ

新聞記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、不気味な羊の絵をカバーページにした、大学新設計画に関する膨大な資料を受け取った。その周辺を取材する吉岡は、やがて国家的な陰謀の構図に迫っていき・・・

 

ポジティブ・サイド

日本の政治は危機的な状況にある。何を以って危機的と言うかは各人によってことなるだろうが、市民を権力者側の都合で逮捕拘束できるような共謀罪なる法案が成立し、特定秘密保護法などどいう権力者の保身のための法律が存在し、にも関わらず公文書の改竄が行われ、その省庁の監督者である大臣が辞職すらしない国家とその政治状況を指して、危機的という認識を持たない人がいれば、お目にかかりたいものである。そういえば、この大臣、『 主戦場 』で十数年前の国会中継が映し出された時も、堂々と居眠りをしていた。これが我々の選良なのか。暗澹たる気分になってくる。

 

本作は東京新聞の望月記者や元文部科学次官の前川氏などを冒頭の討論番組に出演させることで、スクリーンの向こうとこちら側が同一の世界であるとの認識をより強固にしてくれる。いや、既に各所で指摘されていることだが、大学の新設が総理のお友達事業者ありきで進むこと、レイプ事件のもみ消し、公文書の改竄をさせられた財務省の役人の自殺など、すでに民主国家の腐敗のあり様を極めた感がある日本だが、それを支える組織としての内閣情報調査室にスポットライトをあてた作品はこれまでにあっただろうか。漫画『 エリア88 』の最終盤に内調がちょろっと出てくるぐらいしか思い出せない。この内調なる組織のやっていることのせこさには、新鮮な驚きと落胆、そして呆れがある。詳しくは本作を観てもらうとして、日本の言論空間の大きな一角を占めるようになったインターネットおよび既存メディアへの政治の介入具合には、言いようのない不安を掻き立てられる。そうした仕事のお先棒を担がされる杉原(松坂桃李)は、官僚でありながらも、信頼を寄せる元上司がおり、妻がおり、子どもが生まれる直前であるという極めて私人性の高いキャラクターを上手く表出した。官僚も一皮むけば人間であるということは『 響 -HIBIKI-   』でも指摘した。内調の上司からの「お前、子どもが生まれるそうだな」という言葉を杉原はどう受け取るのか。観客たる我々にその言葉がどう響くのか。思いやりの言葉であると同時に、聞く者の心胆を寒からしめるこの言葉が発されるシーンは、国家の側に属する人間の人間性と非人間性の両方を同時に描き切った名場面である。

 

シム・ウンギョン演じる記者には硬骨の精神を見出すことができる。彼女のバックグラウンドに仕込まれたサブプロットは些か行き過ぎではないかと感じるが、中盤の回想シーンで取り乱す演技、最終盤の電話を受け取るシーンでの恐怖と気概の両方を宿す演技には圧倒された。様々な事情があってシム・ウンギョンがこの役を引き受けたのだろうが、政治への忖度以上に、この役を演じられる俳優が日本の映画界に存在しなかったというのが最大の理由なのかもしれない。それほど圧巻のパフォーマンスである。シム・ウンギョンと大谷亮平の共演がいつか観たい。

 

Back on track. 『 主戦場 』でも感じられたことであるが、日本の政治状況は危機的水準にある。それは、国民が権力の監視を怠ってきた結果に他ならない。税金を公的資金と言い換えていた頃よりも、さらに表面を糊塗するだけの言葉遊び政治と、権力者とそれに追従する者だけへの便益を図る密室政治がより発達してしまった。それは違うと声高に叫ぶ人が現れた。本作は娯楽作品であり、秀逸なサスペンスであるが、同時にノンフィクションとして観られるべき作品でもある。多くの人が本作を鑑賞することを願う。

 

ネガティブ・サイド

やはり、シム・ウンギョンではなく日本人の俳優がキャスティングされなければならなかった。韓国人のシムが駄目だと言っているのではなく、日本の政治の腐敗を撃つのなら、日本人がそれをするべきだ。それも愛国心の一つの形だろう。そうした気骨、気概のある役者または事務所がいなかったということに慨嘆させられる。

 

また、シムの英語は石原さとみよりも立派であったが、agreeの発音のアクセントだけは頂けなかった。まあ、『 L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。 』の横浜流星などに比べれば月とすっぽんではあるが。

 

また巨悪の存在が示唆されるばかりで、ここに弱さを感じた。宣伝段階で「官房長官の天敵」というキャッチコピーを使っていたのだから、誰がどう見ても令和おじさんのパロディであると思わせることができる人物を仕立て上げられたはずだ。それぐらいのサービス精神はあってもよかった。『 シン・ゴジラ 』でも中村育二甘利明そっくりに化けさせたのだから、菅義偉のそっくりさんキャラを生み出すのもお茶の子さいさいだろう。

 

総評

ラストの杉原の台詞を何と聞くか。いや、見るか。それによって鑑賞後に残る余韻が変わる。これは意図した演出だろう。気になる人は是非とも劇場へ。Jovianは本作鑑賞後、すぐさま『 銀河英雄伝説 』のヤン・ウェンリーの言葉、「 人間の行為のなかで、何がもっとも卑劣で恥知らずか。それは、権力を持った人間、権力に媚を売る人間が、安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです。宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することから始めるべきではありませんか 」を想起させられた。命よりも大切なものがあるというキャッチコピーで始まるのが戦争で、命より大切なものはないというキャッチコピーで戦争は終わると言われる。個人を自殺に追い込んでおきながら何の自浄作用も働かない今の政治権力の構造には空恐ろしさを感じざるを得ない。願わくば、本作が描くプロットが単なる杞憂、絵空事であらんことを。

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