Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 悪魔を見た 』 -悪魔を倒すには悪魔になるしかないのか-

悪魔を見た 80点
2021年1月23日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ビョンホン チェ・ミンシク
監督:キム・ジフン

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さんかく窓の外側は夜 』がイマイチだったので、だったら人間がとことん怖くなる作品を観たいと思い、本作をレンタル。はっきり言って後悔した。キム・ジフン監督の独自の哲学というのか美学というのか、とにかく恐るべき人間性を見せつけられてしまった。This film is not for the faint of heart.

 

あらすじ

国家情報院捜査官スヒョン(イ・ビョンホン)は婚約者の誕生日も仕事に追われていた。その夜、婚約者は殺人鬼ギョンチョル(チェ・ミンシク)にさらわれ、殺害される。スヒョンは恋人の受けた苦痛を倍にして返してやると誓い、犯人を捜し始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

雪降る夜。人里離れた道路。車内には妙齢の美女。これで事件が起きない方がおかしいと思えるほどのオープニングである。携帯電話で語らう仲睦まじい二人の間に突如として割って入るチェ・ミンシク演じるギョンチョルは、登場してから豹変するまでわずか数分。普通、この手のサスペンスやスリラーというのは犯人の残虐性を強調するシーンは中盤まで取っておくものだ。それを序盤から惜し気もなくギョンチョルの異常な攻撃性をまざまざと見せつける。この立ち上がりだけで胸やけがしてくる。

 

復讐相手を突き止めるために警察から容疑者リストを手に入れたスヒョンが、相手を片っ端からぶちのめしていく様は爽快だ。『 デッドプール 』と『 アンダードッグ 二人の男 』ぐらいでしか見たことのなかった顔面へのサッカーボールキックが、実は本作でも放たれている。というか、本作の方が上記二作よりも古い。やはり21世紀のバイオレンス描写の本家本元は韓国なのか。

 

ギョンチョルがとあるキャラクターの頭をハンマーでガツンガツンやるシーンがあるが、これは『 オールド・ボーイ 』へのオマージュだろう。頭を鈍器や棒で殴るシーンのある映画は数多く存在するが、北野武の『 その男、凶暴につき 』で北野武が金属バットで男の頭をから竹割にするシーンと同じだけの痛みが伝わる描写が本作にはてんこ盛りである。観ているだけで痛い。

 

スヒョンがギョンチョルと初めて相まみえるシーンのアクションも見物。稀代の殺人鬼に真正面から立ち向かい、実力で半殺しにしてしまう。半殺しというのも誇張ではなく、気絶した相手の手を大きな石の上に乗せて思い切り踏みつぶしたり、片方のアキレス腱を切ったりと、殴って失神させましたというレベルの暴力ではなく、相手に障がいを残すようなレベルの暴力。

 

この他にもギョンチョルのやっている血みどろの解体作業もおぞましい。『 ミッドサマー 』や『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』のような人体破壊描写があるわけではないが、これらの作品にあった「リアルな作り物を壊している」感は本作にはない。その代わりに「その血のりは本当に血のりか。まさか本物ではあるまいな。そこに転がっている胴体は作りものだよな?襦袢だよな?」と確認したくなるような気味の悪さ。

 

スヒョンの同僚がポロっと漏らした一言から、追うスヒョンと逃げるギョンチョルの立場が逆転。安心できるハラハラドキドキが、不安と恐怖のハラハラドキドキに変わる。これによって人間性をなくしていたスヒョンの目に生気がよみがえる。ここまで、とにかく空虚な目、喜怒哀楽の喜と楽を失った目をしていたスヒョンに、人間として気遣いや配慮が見られるようになる。婚約者の家族までが逃亡するギョンチョルの魔の手にかかってしまうからだ。同時に、ギョンチョルを殺す最も残酷な方法についても、この時点で構想が浮かんだのは間違いない。人間を痛めつけるために必要なのは、非人間性なのか、それとも人間性なのか。

 

控えめに言って脚本家のパク・フンジョンと監督のキム・ジフンは頭がおかしい。CTが何かで断層撮影すれば、脳の一部が欠損している、あるいは異様に肥大しているのではないか。頭のおかしい人間が頭のおかしい犯罪を実行する、あるいは人間とは思えない残虐な殺し方をする。そういうのは分かる。ギョンチョルに限らず、映画の世界には頭がイってしまった犯罪者がいっぱいいる。しかし、頭がおかしくないはずの人間が頭のおかしい犯罪を次々に犯し、しかし最後には人間性=愛を思い起こし慟哭するというラストシーンを思い描ける人間というのは、やっぱり頭がおかしいのではないだろうか。スヒョンの凄惨な復讐劇を追体験して、まともな人間にできる所業ではないと思うと共に、自分はそこまで一人の女性を強く強く愛することができるだろうかとも自問してしまった。

 

ネガティブ・サイド

スリラーとしては完全無欠の逸品である。だが、リアリティの面で大きな演出ミスが二つ。

 

一つには、GPS入りカプセル経由で相手の声や周囲の音を聞く際に、コポポポという腸音やドクンドクンという心音がバックに流れておらず、非常にクリアな音が聞こえてきた。これは絶対にありえない。ギョンチョルの排せつ物まで描くほどのリアリズムを追求する本作であれば、そうした細かな部分にまで神経を行き届かせてほしかった。

 

もう一つには、ギョンチョルのムショ仲間のアジトでのセックスシーン。女性側が普通に犯されているだけ。もっと頭のイカれた女性像を打ち出せたはず。たとえば欲求不満のたまっているミンシクを逆に食ってしまうような豪の女性とか。全編に異様に張り詰めた雰囲気が充満する中、このシーンだけが普通に感じられてしまった。

 

総評

20歳ぐらいの時に観た『 タイタス 』でタイタス・アンドロニカスを演じたアンソニー・ホプキンスを観て、「ああ、『 羊たちの沈黙 』的なキャラをまた演じているなあ」と感じたが、本作のスヒョンを演じたイ・ビョンホンの復讐劇は、ある意味で『 タイタス 』を超えている。これほど一人の男の復讐劇に感情移入し、嫌悪感を催し、さらには畏敬の念すら持ってしまうという映画体験は初めてである。生きるとは何か。死ぬとは何か。とにかく、韓国人をパーソナルな意味で敵に回すのは避けた方が賢明である。そんなことを思わせてくれる韓流リベンジ・スリラーの秀作だ。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

アンダードッグ 二人の男 』その他で紹介した「この野郎」という表現。本作でもギョンチョルが何度も何度も口にする。韓国映画で相手を口汚く罵る時には、必ず出てくる表現だと思って間違いない。

 

 

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