Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 私は確信する 』 -人間が裁かれるということ-

私は確信する 75点
2021年2月21日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:マリナ・フィオス オリビエ・グルメ ローラン・リュカ
監督:アントワーヌ・ランボー

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予告編の段階では何の変哲もなさそうな法廷サスペンスものに見えたが、元々2018年に公開の映画だと知って、興味が湧いてきた。1年ぐらいのラグは外国産映画では珍しくないが、2年以上となると、配給会社が「今こそ日本で公開すべき」と判断したと考えられるからだ。そしてその判断は正しかったと思う。

 

あらすじ

スザンヌ・ヴィギエが突如として蒸発したことから、大学教授の夫ジャック(ローラン・リュカ)は妻殺害の容疑者としてメディアにセンセーショナルに報じられてしまう。ジャックの娘に自分の息子の家庭教師をしてもらっているノラ(マリナ・フィオス)は、敏腕弁護士のモレッティオリビエ・グルメ)に弁護を依頼する。ノラはモレッティから、200時間超に及ぶジャックの通話記録の文字起こしを頼まれたことから、独自に事件の真相に迫らんとして・・・

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ポジティブ・サイド

寡聞にしてヴィギエ事件については知らなかったが、本作は冒頭部分に文字でヴィギエ事件の概要を説明してくれる。そして、裁判のどの段階から物語が始まるのかを明確にしてくれる。そのため、予備知識が無い状態でもまっすぐと物語世界に入っていくことができる。

 

冒頭で度肝を抜かれてしまうのは、妻スザンヌの遺体も見つかっていないのに、夫ジャックが殺人罪で実際に起訴されてしまったということ。もちろん第一審は無罪だ。だが検察は何を血迷ったのか、判決を不服として控訴。今から2週間の間に集中的に審理が行われるというところから映画はスタートする。妻が失踪し、夫に疑惑がかけられるというのはデイビッド・フィンチャーの『 ゴーン・ガール 』的だし、無数の音声から真相に迫っていこうという試みは『 THE GUILTY ギルティ 』に通じるものがある。つまりは、よくある話でありながらも真相に迫っていくアプローチが独特なのだ。ここに、主人公ノラ自身がシングルマザーであること、難しい年頃の息子を抱えていること、そしてモレッティ弁護士に大目玉を食らう原因となる或る背景などもあり、裁判の行方とノラ自身の生活の両方の間を、観客はジェットコースター的に行き来することになる。

 

私生活を犠牲にしてまで追いかけるヴィギエ事件の真相を、ノラはある証言の食い違いの中に見出す。我々は「これが決定打になるのか?」と色めき立つ。しかし、そこにこそ陥穽がある。確たる証拠もないままに誰それが真犯人であると断定することは、そのまま確たる証拠もなく殺人罪で起訴されてしまったジャック・ヴィギエをもう一人生み出すことにつながるだけである。Jovianはかつて受講生だった京都弁護士会の大御所のお一人に、「弁護士の仕事はクライアントの利益を守ること」だと教わった。真実を求めることは弁護士の仕事の第一ではないのだ。モレッティのノラに対する、時に辛辣に過ぎる態度は、そのままモレッティのプロフェッショナリズムを表している。

 

クライマックスのモレッティ弁護士の長広舌は、圧倒的な迫力でもって観る側に迫ってくる。彼の姿をカメラは傍聴席のあちこちから静かに捉え続ける。「裁判の当事者ではない者たちよ、この声を聞け」と監督が言っているわけだ。観ている側も、まるで傍聴席に座っているかのような感覚になってくる。『 ファーストラヴ 』の堤幸彦監督は本作をこそ手本にしてほしい。やはりこのようなシーンではBGMはノイズである。評決が告げられる場面にも、劇的な演出はない。なぜなら劇的な要素はないから。それがアントワーヌ・ランボー監督の意図であろう。推定無罪という近代社会の原則がいとも簡単にないがしろにされてしまう時代や社会を見事に撃った作品に仕上がっている。

 

ネガティブ・サイド

ノラがヴィギエ事件の真相究明にのめりこむ経緯が明確ではない。中盤にその一部が明かされるが、モレッティがそのことを指してノラを「嘘つき」呼ばわりするのはいかがなものか。ノラは嘘をついたわけではなく、ある重要な情報をしゃべらなかっただけだ。弁護士なら黙秘の重みにもう少し配慮すべきではないか。

 

途中でノラが不慮の交通事故に遭うシーンがあるのだが、これは必要だったか?まるで『 セッション 』でマイルズ・テラーが交通事故に遭った場面と瓜二つだった。しかも不必要に怖い。その割にはノラのダメージは大して深くないという謎演出。サスペンスを生み出したいなら、もっと別のやり方があったのでは?

 

恐ろしく眼付きの悪い警視に何らかの報い、と言うと大げさだが、マスコミに押し寄せられて、浴びせかけられる質問に答えられずしどろもどろ・・・といったような何かしらのネガティブな結果をその身に受けるべきだったように思う。登場時間はほんの数分ながら、これほど鼻持ちならないキャラクターは近年観たことが無い(役者にとっては、これは誉め言葉だろう)。

 

総評

我々はなにか事件があるとすぐに「こんな奴は懲役10年だ!」、「死刑だ!」などと過激に反応してしまう。推定無罪という原則をすぐに忘れてしまう。三浦弘行の将棋ソフトの不正使用疑惑に対して、将棋界や世間が三浦を猛バッシングする中、羽生善治が「疑わしきは罰せず」だと発言したとされる点は特筆大書に値する。これとは反対に、日本の司法のごく最近の残念な例として“菊池事件の再審拒否”が挙げられるだろう。興味のある向きは是非ググられたい。日本の検察も、フランス検察に負けず劣らずの腐り具合であることが分かるだろう。このような時代と社会に生きる我々にとって、本作は人が人を裁くということの難しさについて多大なる示唆を与える傑作である。

 

Jovian先生のワンポイントフランス語レッスン

bonsoir

ボンソワールと発音され、意味は「こんばんは」となる。Bon = good、Soir = eveningである。語学学習において暗記は避けては通れないが、力づくで暗記するのではなく、必ずその語や句や表現が使われた文脈とセットで理解して、記憶すること。そうすれば、Bonsoirの翻訳字幕が「どうも」であっても、驚くにはあたらないはずだ。

 

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