Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 ザリガニの鳴くところ 』 -異色のミステリ+法廷サスペンス-

ザリガニの鳴くところ 70点
2022年11月27日 TOHOシネマズ梅田にて鑑賞
出演:デイジーエドガー=ジョーンズ テイラー・ジョン・スミス ハリス・ディキンソン デビッド・ストラザーン
監督:オリヴィア・ニューマン

タイトルだけで観たくなる映画、タイトルだけで読みたくなる書籍というのがたまにある。本作はそんな一本。なかなかの秀作だった。

 

あらすじ

1960年代のノースカロライナチェイスハリス・ディキンソン)という青年が死亡した。事件の容疑者として、地元で湿地の少女と呼ばれ、疎外されているカイア(デイジーエドガー=ジョーンズ)が逮捕される。弁護士から引退していたミルトン(デビッド・ストラザーン)は彼女の弁護を申し出る。彼女は次第に自分の半生を語り始めるが・・・

ポジティブ・サイド

1950年代に幼少期を過ごしたカイアが、1960年代に成長し、いくつかの出会いと別れを経験し、そして殺人事件の容疑者として逮捕される。果たして真相は・・・というのが本作のプロット。本作の何がユニークかというと、まずカイアとその家族が湿地帯に暮らしていること。『 刑事ジョン・ブック 目撃者 』でアーミッシュの生活がこれでもかと映し出されたが、本作でも湿地帯での生活が活写される。『 ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男 』や『 ハリエット 』でも湿地帯は戦闘地域もしくは逃走経路として出てきたが、ここまで湿地にフォーカスした作品というのは他に思い当たらない。

 

その湿地の自然も、まさに wilderness と呼ぶにふさわしい。水辺の生き物や植物のありのままの姿をスクリーンに満たしてくれる。wilderness というのは何故か辞書では「荒野」と訳されるが、正しくは「人の手が加わっていない自然の領域」のこと。カイア一家が住んでいるので、厳密には wilderness ではないかもしれないが、アメリカの大地や河川の美しさや雄渾さを映し出してくれる作品としては『 ミナリ 』に近いものがある。 

 

しかし本作が最も独特なのは、1950~1960年代という人種差別の時代、そして公民権運動の時代の物語でありながら、疎外され、迫害されるのが白人の少女だという点である。その意味で、本作は差別の要因は肌の色や人種、国籍ではなく、共同体の内側に住む者か、共同体の外側に住む者かの違いに求める。これは非常に斬新だと言える。この内と外の対照性が、湿地の明るさと美しさと街の薄暗さと汚さという映像上のコントラストにもよく表れている。

 

カイアとテイトの出会いと淡い恋の発展、そして別れ。さらにカイアとチェイスの奇妙な関係は、優れた青春映画でもあるが、本作はれっきとしたミステリ。チェイスの死因は何なのか。そこにカイアは関わっているのか、いないのか。チェイスはある意味で韓国映画によく出てくるようなタイプの男性。平たく言えば暴力の予感を常に漂わせる男だ。そして、それはカイアの父を彷彿とさせる。一方のテイトは、カイアに読み書きを教え、セックスにも慎重な姿勢を見せる紳士。さらに現代の法廷シーンでは老弁護士のミルトンが、検事や証人たちの鋭い弁舌を巧みにかわし、時にはきれいなカウンターパンチも入れてみせる。観る側は否応なく、カイアを巡る人間関係と、チェイスの死の真相、そして裁判の行方に惹きつけられてしまう。そして訪れる結末・・・ これには心底びっくりした。『 真実の行方 』並みに驚かされた、というのは言い過ぎかもしれないが、それぐらいの衝撃を受けた。この後味は江戸川乱歩の『 陰獣 』を想起させる。いやはや、凄い作品である。

 

そうそう、本作でストラザーン以外はほぼ全員無名の役者だが、その中でも湿地で小売店を営む夫婦の演技力が素晴らしかった。『 ガルヴェストン 』で強烈なオーラを放っていたC・K・マクファーランドに並ぶ名脇役である。

 

ネガティブ・サイド

学校にも行けず、ホームスクールもされず、読み書きできず、ごくごく限られた人間関係しか持っていなかったカイアが、テイトとあっさり恋仲になったのは感心しない。小説だと、カイアの内面描写がたっぷりなされていたのだろうか。このあたりのカイアの心の動きをもっと感じ取らせるような描写が欲しかった。

 

あと、これはネガティブというよりは愚痴に近いが、本作のミステリとしての伏線の張り方はいささかアンフェアというか、一貫性の無さを感じた。湿地の風景、湿地の生き物や植物を、それこそカイアの視点のごとく丹念に映し出してきたのに、チェイスの死の真相のヒントを映像ではなく言葉で出してしまうとは・・・ まあ、これから鑑賞する人は、これを読んでも「何のこっちゃ?」だろうが。ここでいう言葉とは二通りの意味で・・・、おっと、これ以上は本当にネタバレになってしまう。

 

総評

なかなかの秀作である。ミステリ、サスペンス好きなら鑑賞しない手はない。そうしたジャンルに興味がなくても、一人の女性の自立の物語として鑑賞することもできる。ただ、暴力シーンや暴力的な性描写シーンもあるので、高校生や大学生のデートムービーには向かないので、そこは注意のこと。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

A is one thing. B is another.

AとBは別物だ、というよくある言い回し。劇中では Living in isolation was one thing. Living in fear was quite another. みたいに言われていた。

Listening to music is one thing. Playing music is another.
音楽を聴くのと音楽を演奏するのは全くの別物だ。

Watching movies is one thing. Making them is definitely another.
映画を観ることと映画を作ることというは、完全に別物だ。

のように使う。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 サイレント・ナイト 』
『 母性 』
『 グリーン・ナイト 』

 

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