Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 まちの本屋 』 -尼崎市民、観るべし-

まちの本屋 80点
2021年6月9日 シアターセブンにて鑑賞
出演:小林由美子 小林昌弘
監督:大小田直貴

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Jovianは尼崎市民である。最寄り駅はJR立花駅ではないが、あの辺は散歩コースだったりする。小林書店は一時期、書籍界隈で有名だったが、なんとドキュメンタリー映画まで。アマが舞台とあっては観るしかない。

 

あらすじ

兵庫県尼崎市のJR立花駅前商店街にほど近い小林書店。そこは小林由美子と小林昌弘の夫婦が経営するまちの本屋である。出版不況や大手書店への集約、外資も参入してくる中、小林夫妻は本を配達し、本以外も売り、イベントを企画・実行し、地域に根を下ろしていて・・・

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ポジティブ・サイド

関西、特に大阪のおばちゃんは何故か子どもに飴ちゃんをあげる習性がある(飴ではなく飴ちゃんである。この違いが分かれば生粋の関西人だろう)が、小林由美子氏もやはり書店にやってくる子どもに飴ちゃんを渡してやる。Jovianはこの時点で引き込まれてしまった。これはただの本屋ではないと直感した。書店のすぐ外にはベンチがあり、子どもたちはそこでサンドイッチを食べたりもしている。本屋であるだけではなくコミュニティの憩いの場になっているのだ。そのことが冒頭のわずか数分でこれ以上なく分かりやすく伝わってきた。

 

けったいな町医者 』が往診を第一に心がけていたように、小林さんも書籍の配達に精を出しておられる。我々は本を買いに行くことに慣れている。しかし、飲食店や理髪店などの商売をしているところでは、店員が店を離れて本を買いには行けない。お客さんを逃してしまうかもしれないからだ。かといって雑誌や漫画のない飲食店や散髪屋さんというのは味気ない。こういったところへのサービスを欠かさないのが小林書店なのだ。由美子氏はサービスに関する自身の哲学を語るが、ラテン語のバックグラウンドを持っているのかと思わされた。というか、案外持っているかもしれない。この人は間違いなく bibliophile である。

 

単にお茶屋になっているだけではない。傘を売ったりもしている。なぜ傘なのか?とも思うが、そこにはやはり1995年の阪神大震災が背景にあった。そして語られる商売の哲学。ただのアマのおばちゃんと侮るなかれ、テレビやネットでインタビューを受けている凡百の経営者よりも、よっぽど”渾身”の商売をしている。これほどの気概を持っている商売人がどれほどいるだろうかと考えさせられる。

 

見えるのは商売風景だけではない。由美子氏がいかに地域の人々と交流をしているのかも具に映し出される。本の配達だけではない。逆に色々なものを受け取っているのだ。小林書店で入荷している本の中には『 週刊プレイボーイ 』もあれば『 週刊金曜日 』もある。聖教新聞社出版局の本も扱っている。思想信条ではない。地域で売れるからだ。こういう雑誌や書籍が等しく売れてしまうのが尼崎らしく、なおかつそれを売ってしまうところが尼崎人らしいではないか。人間関係、その距離が適度なのだ。

 

関係と言えば、小林昌弘氏の妻への接し方に見習うところがある男性諸賢は多いのではないだろうか。妻に敬語で話すのだ。理由は直接劇場で確かめられたし。あるいは近隣の人なら直接書店に出向いてもいいのかもしれない。

 

ビブリオバトルのシーンは面白い。Amazonのレビューのかなりの割合がサクラだということがニュースになったが、ビブリオバトルにはサクラもなにもない。いや、サクラもいるかもしれないが、それで売れる本は数冊ほど。だったらサクラを雇う人件費の方が高くつく。こうしたビブリオバトルのようなイベントは、もっと色んな書店も勇気を出してやるべきだろう。Make hay while the sun shines. Strike while the iron is hot. Jovianもいつかビブリオバトルをやってみたい。

 

ナレーションもなく、特別な視覚効果も効果音もBGMもなく、淡々と小林書店の日々を映し出すだけのカメラワーク。画面を通じて浮かび上がってくるのは書店をめぐるビジネス環境の悪化。近隣のお店が跡継ぎがおらず閉店していく様や、昔ながらのカフェのギャルソンが後期高齢者ぐらいに達しているところもカメラは捉えている。しかし、この書店は大丈夫だ。この街は大丈夫だ。そう感じさせてくれた。その絶妙な仕掛けを体験したい人は劇場へ行こう。

 

ネガティブ・サイド

返本するシーンが本作でも出てくる。漫画『 まんが道 』で知ったシステムが21世紀になっても続いていることにびっくりしてしまう。ただ、時代の流れによって消えていくまちのお店、その中で地域にしっかりと根を張って生き続けている書店というコンセプトが、この返品シーンのせいでちょっと薄れてしまった。変わりゆく時代と変わらないシステム。ここの齟齬が少し気になった。

 

途中の喫茶店のシーンから数分間ではあるが画面上部が歪んだのは、劇場のスクリーンの問題ではないようだが・・・

 

総評

けったいな町医者 』に続く、けったいなまちの本屋のおばちゃん&おじちゃんの話である。尼崎という工都・商都の落日の中、奮闘する本屋というだけの話ではない。ビジネス・モデルとして参考にできるものあり、人生訓あり、夫婦仲を保つ秘訣あり。つまり、人生なのである。別に尼崎でなくとも、こういう本屋は日本の色んな所にあるだろうし、現に『 騙し絵の牙 』で紹介したREBEL BOOKSのコンセプトは小林書店に近い。それでも本作は多くの人に観てほしい。人の生き様はこんなにかっこいいのである。尼崎市民なら must watch だろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

bookstore

「本屋」の意。これはアメリカ英語。ブリティッシュ・イングリッシュではbookshopと言う。が、どちらの国でどちらの語を使っても問題なく通じる。どちらが米語でどちらが英語か分からなくなったら『 マイ・ブックショップ 』の主演はエミリー・モーティマーだったな、と思い浮かべよう。

 

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