Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 サムジンカンパニー1995 』 -モデルはサムソンではない-

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サムジンカンパニー1995 80点
2021年9月4日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:コ・アソン イ・ソム パク・ヘス
監督:イ・ジョンピル

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Jovianは前職では英語・英会話講師、現職では企業・学校向け英語レッスンの教務担当である。今春に本作の紹介記事を読んで「TOEICのスコアアップに奮闘するOLたちの物語」と早合点していたが、どうしてなかなか骨太の社会はエンターテインメントであった。

 

あらすじ

サムジン電子に勤める生産管理のジャヨン(コ・アソン)、マーケティングのユナ(イ・ソム)、会計のボラム(パク・ヘス)は高卒というだけで制服を着せられ、小間使いばかりに従事させられていた。ある日、ジャヨンは近くの河川で魚が大量に死んでいるのを目撃、その後、自社工場から汚染水が排出されているのを目撃する。会社の不正行為に立ち向かおうとするジャヨン達であるが・・・

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ポジティブ・サイド

Jovian妻は大学新卒から東証一部上場企業の事務職であるが、旧態依然たる制服勤務、ファイリング、データ入力などに従事する毎日で、当然分厚いガラスの天井がある職場である。その妻が本作のオープニング映像に痛く感銘を受けていた。詳しくは見てもらえれば分かるのだが、とにかく男の仕事がいかにいい加減で、しかも縁の下の力持ちの存在に全く気が付いていないことが分かるだろう。1990年代の韓国企業を舞台にしたストーリーであるが、これが2021年の東証一部上場企業の中身にそっくりなところがいっぱいあるということに、我々はもっと衝撃を受けねばならない。

 

TOEICスコアが600点に達すれば「代理」になれるというお達しに色めき立つジャヨン達であるが、その一方で目撃してしまった自社工場からの汚染水の放出。これに目をつぶってTOEICスコアと共に栄達を目指すのか、それとも自身の正義感に忠実に行動するのか。このあたりの分かれ目がリアルに感じられた。当然彼女らは後者。持ち前の行動力と、長年の事務作業で培ってきた事務知識と事務処理能力を駆使して『 ミッション・インポッシブル 』的な潜入や調査を行っていく。FAXと電話番号の関係や、電話機の操作、オフィス用品の意外な用途など、知っている人であれば納得できる行動だろうし、知らない人が見れば「すごい!」と素直に感心できるだろう。

 

その過程で明るみになっていく数々の事実。それに関わるサムジン電子社内の複雑な権力構造と人間関係。ジャヨンたちが真実に迫り、それを社会に向けて告発しようと、まさに『 記者たち 畏怖と衝撃の真実 』や『 オフィシャル・シークレット 』のような展開が見えた瞬間に、韓国社会の無情な現実が立ちはだかる。『 トガニ 幼き瞳の告発 』のような胸糞バッドエンドなのか・・・と思わせてからの大逆転劇が愉快・痛快・爽快だ。韓国映画が近代史実を料理すると『 国家が破産する日 』のような展開かつエンディングを普通に作ったりするので油断できない。そうした自国映画の特徴までも伏線にした傑作である。

 

グローバル化、そして英語がキーワードの本作であるが、TOEIC対策のために会社で皆が勉強するという風景がどこか前時代的なのだが、これすらも伏線にしてしまうのだからイ・ジョンピル監督の手腕には恐れ入る。ジェットコースター的な展開の連続で「これはいける!」と思った瞬間からの転落劇や、どん底からの逆転劇が、行きつく間もなく繰り広げられる。社内の意外な人物が敵だったり、あるいは味方だったり、そうした人間たちを相手に虚々実々の駆け引きが行われ、観る側を決して飽きさせない。恋愛要素ゼロで突っ走るという、邦画では絶対に企画時点で却下されそうな脚本で最後まで全力疾走する。2020年代の韓国社会(日本社会も同様だ)の旧弊を公然と非難し、それを呵呵と笑い飛ばす会心の韓流コメディである。

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ネガティブ・サイド

出てくる男性キャラクターが一人を除いてアホ、鈍感、悪人のいずれかである。いや、根っからの悪人というのは少数なのだが、ある意味で自分の愚かしさや行動原理の醜悪さに気づかないアホや鈍感なので、同じ男としていたたまれない気持ちになってしまった。人の振り見て我が振り直せである。まあ、これは減点対象となるところではない。

 

英語クラスで自らに English name をつけるのだが、ジャヨンが自分につけたのはDorothy = ドロシー。「これは『 オズの魔法使 』へのオマージュか」と感じさせたが、特にそういった工夫はなし。Ma belleであるMichelleの過去が名前の意味と合っていただけに、SilviaやDorothyという名前にも、もっと意味を持たせて欲しかった。

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総評

痛快の一語に尽きる傑作である。シリアスでありながらコメディ、コメディでありながらシリアス。エンタメ性と社会性のバランス配分も素晴らしい。TVドラマの『 ショムニ 』のようだというレビューをちらほら見かけるが、全然違うだろう。片や、欲望のままに動いて結果的に会社の利益に。片や、正義感と信念に突き動かされて社会の利益に。本作は韓流『 エリン・ブロコビッチ 』であり『 女神の見えざる手 』であり『 ドリーム 』と評すべきだろう。遅くに上映してくれた塚口サンサン劇場に感謝。多くの方に劇場またはレンタルや配信でご覧いただきたい傑作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Even a worm will turn.

「一寸の虫にも五分の魂」・・・よりも「なめくじにも角」の方がニュアンス的には近いように思う。作中ではTOEICによく出る英語の格言・諺の一つとして扱われていたが、主人公たちが一貫して見せつける意地を表す言葉にもなっている。TOEICには英語の格言や慣用表現というのはあまり出ないはず。イディオムについては、どちらかと言うとTOEFL ITPを受験しなければならない大学生が知っておくべきか。

 

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