Jovian-Cinephile1002’s blog

古今東西の映画のレビューを、備忘録も兼ねて、徒然なるままに行っていきます

『 正欲 』 -少し語りに頼りすぎ-

正欲 65点
2023年11月12日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:稲垣吾郎 新垣結衣 磯村勇人
監督:岸義幸

 

傑作『 前科者 』の岸善幸の監督作ということでチケット購入。悪くはないのだが、期待値を上げすぎたか。

あらすじ

桐生夏月(新垣結衣)は、中学の時に転校していったクラスメイトの佐々木佳道(磯村勇人と十数年ぶりに再会する。二人には奇妙な共通点があり、夏月は佳道に接近しようとする。一方で、検察官の寺井(稲垣吾郎)は不登校になった息子の教育方針を巡って、妻と徐々に折り合いが悪くなっていき・・・

ポジティブ・サイド

通常とは異なる性的志向を持つ人々に関する映画が近年特に増えてきたと感じる。2018年公開の『 カランコエの花 』、2021年公開の『 彼女が好きなものは 』、2023年公開の『 エゴイスト 』などLGBTに焦点を当てた作品は枚挙にいとまがない。アロマンティックに光を当てた『 そばかす 』も独自の面白さがあったが、本作はさらに突っ込んだ sexual orientation をテーマに持ってきた。

 

ストーリーの中心にいるのは新垣結衣と磯村勇人。中学校の同級生だが、佳道が引っ越して以来、二人の奇妙な縁は途切れていた。しかし、佳道の両親の交通事故死と佳道の帰郷から二人の奇縁が徐々に戻ってくる。その見せ方が非常に巧みだと感じた。田舎特有の人間関係の濃密さ、つまり悪気のないプライバシーの詮索や介入が爽やかに行われる。そんな中で二人が育む奇妙な関係が逆に好ましく、愛らしく思えてくる。

 

その裏側では検察官の稲垣吾郎不登校の息子の教育方針や子育ての方針をめぐって妻と対立する。いや、対立というよりも拒絶の方が近いか。自分の理解の及ばないものは認めない。不登校YouTuberを詐欺師と切って捨てるが、あまりにも狭量だ。YouTuberの中に詐欺師がいるのは現実だが、普通に学校に行っている、普通に会社勤めをしている者の中にも詐欺師は存在する。けれども、この男の中では世の中は白と黒で割り切れて、自分が黒いと思ったものはすべて黒いのだ。この稲垣吾郎演じる検事が一種のリトマス試験紙になっていて、見る側がどれだけダイバーシティを許容できるか、あるいは許容できないのかを測る物差しになっている。

サイドストーリーとして大学生二人の不思議な関係性もフォーカスされるが、その片方の男性が突如としてメインのプロットに絡んでくるところが非常に現代的と言える。同好の士と出会うことのハードルが下がったことは、間違いなく個人を利している。しかし、そのことが社会を利すかどうかは別問題になるのが難しいところ。

 

多様な登場人物たちの群像劇となっているのは、原作者・朝井リョウの『 桐島、部活やめるってよ 』と同じ。学校という非常に狭いコミュニティから、社会という非常に広大なコミュニティにストーリーの舞台は移っているが、ある人間の言動が別の人間に思いがけず大きな影響を及ぼしていく、という点では共通している。新垣結衣稲垣吾郎のほんのちょっとした、しかしやや奇妙な会話が、最終盤で非常に大きな意味を持ってくる。というか、稲垣吾郎が処理しきれない意味や情報となって圧し掛かってくる。彼がほんのわずかだけ見せる動揺を我々は見逃さない。それは我々も同じく動揺しているから。常識外の存在、理外の存在と思っていた相手にこそ優しや思いやりといった人間性が宿っていると気付いた時の心情はいかばかりか。それを映し出すためだけに本作は制作されたと言っても過言ではない。

 

それにしても、マジョリティの性的志向者と超マイノリティの性的志向者の違いをあっけらかんと映し出すシーンには恐れ入った。偶然なのだろうが、『 東京ラブストーリー 』かいなというセリフを新垣結衣が口にした瞬間に、最後列の誰かがポップコーンか何かをドサッと落とした音が聞こえた。セリフに動揺したのか?トレーニングみたいというセリフが聞こえたが、慣れないうちは行為の後に筋肉痛になったという男は多いはず。こういうリアルなセリフをサラッと言えるところに異質さを感じたし、だからこそ新垣結衣が検事に託す伝言の重みが増すのだろう。

 

ネガティブ・サイド

ちょっと全体的に説明セリフが多すぎると感じた。目立ってそう感じたのは2つのシーン。一つは稲垣吾郎不登校YouTuberについて妻と言い争うシーン。もう一つは大学の空き教室のシーン。いずれも思いをストレートに言葉にしすぎ。もっと表情や身振り手振りや立ち居振る舞いで見せてほしい。小説の映画化なので言葉に頼りたくなるのは分かるが、それだと小説を読めばすんでしまう。映像にするにあたって、もっと観客に感じ取ってもらえるような演出をすべき。

 

登場人物の行動でひとつ腑に落ちなかったのは夏月が佳道の家に突撃するシーン。同好の士、あるいは同病相憐れむ仲だと思っていた相手に裏切られたと感じたのか?普通の恋愛感情や異性への性欲が理解できないにしては、部屋の明かりが消えたことの意味を悟ったのは何故なのか?たとえば回転寿司屋で、佳道の連れの女性がセルフサービスの水を持ってくる、そして、その水を美味しそうに飲む、のようなカットが一瞬でもあれば良かったのだが。編集でカットされたのだろうか。

 

あとは夏月と佳道の生活か。卵焼きをシェアするのも良いが、たとえば風呂場やトイレ、台所で二人が恍惚とするシーンが一切なかった。または公共料金の請求書に二人して唖然とする、あるいは大笑いするのようなシーンもなかった。これも編集でカットされたのだろうか。二人がいわゆる「普通」とは違うというシーンをもう少し見せるべきだったと思う。

 

総評

かなり野心的な作品。ストーリーは文句なしに面白いし、演技に関しても安定の磯村勇人や新鋭の東野絢香が堪能できる。ただ、映画的なカメラワークはまったく無いし、とある「物」をきれいに映し出してはいるが、艶めかしさまでは感じさせなかった。物語としては◎だが、映像作品としては△か。ただし、現代的なテーマを扱い、単純なハッピーエンドで終わらせないところは買い。エンドロールの際に胸に去来する想いの強さが、おそらくその人の想像力と共感力の強さだろう。それらを測る映画であると言える。

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

-phile

ファイルと読む。これは接尾辞で「~が好き」「~に親しんでいる」という意味を作り出す。Jovianが高校生ぐらいだったかな。雑誌か何かで「Xファイルの熱烈ファンをX-Phileと呼ぶ」のような記事を読んで、それで -phile の意味を学んだことを覚えている。本作の場合だと、aquaphile となるだろうか。パッと見で意味が分かりそうだが、実際に調べるのは映画の鑑賞後にどうぞ。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 月 』
デシベル
『 花腐し 』

 

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